第十話 魔獣迎撃戦② エルトリート
魔獣との戦い。
戦闘描写はライトなノリで進行します。
砂塵を巻き上げながら突進してくるのは、巨大なエビ。
巨大な杭のような脚を信じられないくらいの早さで動かし、その巨体を前へ前へと運ぶ。
岩のようにも樹木のようにも見えるゴツゴツした甲殻が動くたびに擦れあって耳障りな音を撒き散らす。
黒い目玉は無機質で、感情というものとは無縁。
そんな化物を、俺たちは全力で、
「ヒャッハァ!」
ぶん殴る!
どんなに硬かろうが関係ねぇ! その殻ごとぶち抜いてやんよぉ!
「それあんただけだから! 俺ら無理だから!」
すぐそばでエビの脳天をカチ割っていたハンマー使いのガドが文句言ってきたが、おめぇだって殻ごとやってんだろ?
「素手! 俺、ハンマー!」
「ハッハッハァ! 鍛え方が足りねぇんじゃねぇの!?」
「無茶、いうなぁっ!」
全身を躍動させて巨大ハンマーを振るって次のエビの横っ面を凹ませるガド。
いいねぇ、その調子その調子!
なんてよそ見してたら大気を抉りながら何かが俺にぶち当たる。思ったよりも強い衝撃に後方へ弾かれる。
俺に当たったそれはビシャビシャと音を立てて砂浜を濡らしていく。
エビの“ウォーターブラスト”だ。
魔獣という奴等は総じて巨大で、魔法を使ってくる存在だ。最低でも二つ、多いので十個ほど使ってくる奴もいる。
エビが使ってきたのは奴等の保有魔法の一つ。水属性の“ウォーターブラスト”っつーもの。単純に水に圧力をかけて圧縮して相手にぶつけるやつだけど、これが結構威力が高い。
どれくらいかというと、大岩粉砕するくらい。軽くいってるけど、常人が食らったら一溜まりもないやつだ。
俺? 常人じゃねーからな。
いや冗談だけど。
今の俺は“身体強化”を始め、“対水属性防御”に“オーラフィールド”といった防御系のスキルをいくつも発動しているからそんなん効くか!
いぇあ! チート万歳! アドレナリンも万歳!
俺を狙ったエビは特に動じることもなく進撃しようとする。まぁコイツラに悔しがるとかの人間的な感情なんて期待してないからいいけどよ。
逃がすと思うてか!
「インパクトォッ!」
飛びかかりながら全力で殴る。それと同時に拳へ集中させていたエネルギーを解放。
エビの内部へ衝撃を直接叩き込む! 手応えありだ!
触覚が激しく動いたと思ったら、すぐに動きを止め、砂浜に沈むエビ。
「団長!」
「オラァッ!」
側にいたメイス使いのティエルンの焦った声と、俺の雄叫びはほぼ同時だった。
エビの群れの中に混じっていた、これまた巨大なシャコのハンマーみたいにゴツい脚と俺の肘打ちが激突して相殺。
だが向こうはすぐに次の攻撃準備が整っている。何故なら、奴さんはただ打撃に使う脚を勢いよく振っただけだ。戻すか、他の脚を振ればいいだけ。
それに引き換え、俺はジャンプ攻撃後の滞空中を狙われた。シャコの攻撃はただでさえ強力なのだ。浮いている最中にそんなのが来れば、当然吹き飛ばされる。
普通ならば、な。
「フライト! レーザーナイフ!」
飛翔魔法を発動。吹き飛ぶどころかそのまま空中でシャコへ接近。
奴は御自慢の脚を砕かれたせいで動きが少しだけ鈍っている。こいつら、何気に痛覚あるっぽいんだよな。詳しい生態なんぞ前世でも知らんが。
「シャオラッ!」
右腕の肘から先を雷属性魔法で覆った手刀を頭らしき突起部に叩き込む。硬いはずの甲殻は乾いた藁程度にしか感じず、肘どころか肩まで一気に押し込む。
うおー、感触が気持ち悪いー。
ズポッと抜くと、シャコは活動を停止した。
水属性魔法で腕を洗浄していると、ティエルンが駆け寄ってきた。
「団長、相変わらず無傷ですか!?」
「バッカおめぇ、そこは怪我はないか、だろ?」
「もう、そう聞くのに疲れました。それに、毛がないのはガドでしょう」
「ハッハァ!」
「やかましいわ!」
ドヤ顔で宣うティエルンの台詞が聞こえていたガドが何故か自慢げに胸を張り、エビの触覚に叩き倒された。
なにしてんだあいつ。
「そろそろ第一陣が終わります。続けて第二陣がくるでしょう」
おお。もうそこまで行ったか。
戦闘が開始してから俺らはオーペグ戦士団のサポートをしていたけど、舐めプして戦力を低下させるなど愚の骨頂、というわけで俺らも本格的に参戦。
だって、倒さなきゃ海産物の取り分が少なくなるからな。働いた分だけ旨味があるんですよ。
オーペグ側もそうだが、こっちもほぼ攻撃特化な構成だ。だから防衛戦ではなく迎撃戦と言っているんだ。
そのお陰で怪我人は出たが、チームワークのいいオーペグ側に死者はいない。うちらも同じだ。
あと、浅瀬がいい働きをした。
埋め立てた浅瀬は敵の可視化だけではなく、実は敵の戦力を低下させる機能もあるのだ。
海産物どもは魔獣だ。ただでだえ巨体に硬い殻なんて厄介なものを持っているのに、魔法も使われたらうざったいことこの上ない。
魔法は魔力を使う。これは絶対の法則だ。俺らもそうだし。
で、海産物どもは海水に溶け込んでいる潤沢な魔力を好きに使える環境に慣れている。それに適応している。海の中は奴等のホームだから、例え俺であっても水中戦ではヤバい。
ただ逆のことを言えば、連中は海から切り離されれば絶好のカモだ。
浅瀬に来た海産物どもは海水に接する部分も時間も極端に減る。つまり、いままで自由に使えていたはずの魔力の補給が滞るということになる。大気中の魔力を吸収する機能が退化、もしくは消失しているからだし、陸上生物のように質量以上に魔力を貯めておく機能が存在しない。
そりゃそうだ。人間で言えば制限なしに呼吸できる状況で酸素ボンベ使っている奴はいないんだ。海水さえあれば魔力は無尽蔵に補給できるんだから、そうなるわな。
その身に蓄えた魔力は自身の巨体を支える“身体強化”にほぼ割り振られ、攻撃に回す魔力は……さっきのような事例もあるためにないとは言いきれないけど、頻度は少なくなる。
さらに補給が滞るのなら“身体強化”に使う分だけ減り続けるので、時間がたてば立つほど体の維持が困難になり最後は自滅する。
人間が水中で生きられないように、海産物も大気中では生きられないのだ。
海産物どもはが自滅するなら放っておけばいいと思うが、事はそう単純じゃない。
なぜなら、
「第二陣、くるぞぉ!」
「一陣の始末急げぇ! 仕事が詰まってんだぞ!」
「団長、片付けお願いします」
あーはいはい。
浅瀬をゆっくりと、けど確実に進行してくるのはエビどもよりも大きなイカ、タコ、そしてウツボといった面子だ。
体が大きいということは、体内に蓄えている魔力も大きい。巨体の分だけ相応の容量があるということだ。
それ即ち、地上での活動時間も多くなるということだ。
叩いておかなきゃ被害が大きくなりすぎる。
「フリーズコフィン、テレポート」
エビやシャコの死骸をマルチロックして一気に氷に閉じ込め、後方に転移させる。
砂浜に残っているのは、剥げた甲殻やもげた触覚などの細かな残骸のみ。
その程度なら障害物とも呼べない。むしろ魔力供給の無くなった殻は枯れ木のように脆くなるから、踏めば砕ける。
「魔法隊、構えっ! 今度のは柔らかいぞ、存分に焼き払え!」
オーペグ側は予定通りタコ、イカの軟体系を魔法で削る作戦に移行する。第一陣の甲殻系は魔法ダメージが効き辛いから牽制くらいにしか使わなかったが、今度は違う。
〈おーい、フェデリアー、いけるかー?〉
〈もちろんです!〉
弟子が張り切っておる。
第二陣相手ではオーペグ戦士団はタコとイカに全力を出し、俺らはウツボ担当だ。
唐突だが、魔獣のことを最初からエビだのシャコだの、タコイカウツボと言っているが、正確にはそれらに似ているからそう呼んでいるだけだ。
エビはハサミのないザリガニみたいだし、シャコはその亜種で打撃が強いからそう区別しているだけ。
これからくるタコは、ヒトデとイソギンチャクとナマコのキメラだし、イカに至ってはシャープな外見をしていなきゃクラゲって呼んでたかもだし。
んで、浅瀬を這いずって突撃してくるウツボは、凶悪な顔がそれっぽいってだけで、俺じゃなかったら確実にシーサーペントって呼んでいるだろう生き物だ。全身にタイルみたいに一個がデカイ鱗持ってないだろ、ウツボ。
〈来るぞー〉
〈準備万端、いつでもいけます!〉
水飛沫を上げて迫るウツボ。
一直線に俺を狙っている。
〈スリーカウント〉
〈はい!〉
さん、に、いち。
〈いけ!〉
〈サンドブラスター!〉
浅瀬から砂浜へ上陸する直前、突然跳ね上がるウツボの頭。
そこに狙い済ましたフェデリアの魔法が発動した。
周囲の砂が突風に煽られたように大量に舞い上がり、竜巻のように渦を巻く。渦は回転数を上げ、さらに砂を巻き込んで大きく成長していき、ウツボに向かって伸びていく。
それは砂で出来た蛇のように不規則な軌道を描いて真っ正面からウツボへ突撃して、その巨体を飲み込む。
というか、砂の竜巻にウツボが頭から突っ込んだ。
「ハーケン!」
「応!」
砂の竜巻は砂を大量に含んだまま超高回転している。いくらきめ細かい砂とはいえ、それが超速でぶつかり続けるとどうなるか知っているかい?
自然界じゃ長い年月かければ、砂が大岩を削るんだぜ。しかも【獅子の咆哮】内でトップクラスの魔法使いが使う魔法だ。
きついぞ。まじで。痛いんだあれ。
砂の竜巻から出てきたウツボはもはやボロボロになっていた。
大きく硬い鱗は大半が削り落とされ、残っている部分も傷だらけですぐにでも砕けそうだ。もちろん鱗の下の皮もズタズタでなんか茶色の体液で汚い。
元気一杯に跳ねたら砂の竜巻に突っ込んだでござる。そうしたら瀕死になったでござる。
そして、
「ぬぅん!」
ハーケンの持つ鉄塊のような大剣が唸りを上げる。すると奴の気合に呼応するかにように剣身から炎のように赤く揺らめく光が放たれる。
光はするりと伸び、五メートルほどの刃を一瞬で形成する。
いくら大剣とはいえ、さすがにウツボの直径を両断できるほど長くはない。それに鱗や外皮にダメージを受けたとはいえ、その下の肉もそれ相応の厚みや耐久性を持っている。
さらに地球にいるウツボって骨あったか忘れたが、このでかいウツボには骨がある。太くて硬いそれは並の攻撃じゃ歯が立たない。
ならば、断てるようにすればいい。
「一撃! 両断!」
大上段から振り下ろされる赤い刃がウツボの二メートルはあるだろう胴体を豪快に抉る。
肉が焼ける独特の音とともにウツボの首は断ち切られ、砂浜が爆発した。
ハーケンの必殺技、ヒートエッジ・ディバイダーだ。
火属性魔法を応用した、いわゆる魔法剣だな。熱量をもつ刃を作って相手を焼き切る、結構単純だが甲殻を持たない生物には効果はバツグンだ。
ビッタンビッタンと跳ねた胴体はやがて生命力が尽きたのか、ピクリとも動かなくなる。
しかも断面は焼かれて塞がっているから血がぶしゃーな光景になっていない。後片付け大変だからな。
「うっし、んじゃ次は向こうだな」
「おいおい、労いの言葉はねーのかよ」
「お疲れー」
「軽いな!」
何言っているんだか。
確実に仕留められるから任せてんじゃん。出来ねぇなら別の奴に任せてるってーの。
「あー、オーペグも終わりそうだね」
その声にオーペグ陣営の方を見てみれば、タコもイカも最早死に体ってやつだ。もう反撃する余力もないようで、あ、死んだな。
「いやー、今回は数が少なかったな」
「出番ねぇー」
「いやいや次来るから」
ガヤガヤと、端から見たら緊張感の欠片もない光景だけど、俺らにはいつものこと。
生真面目な連中からしてみれば、俺らは「戦いを侮辱している」なんて言われてる。
でもよ、考えてみ? 人間の集中力がどれだけ続く? しかも人間なんぞ簡単に殺せる化物相手に、下手すりゃ一日中とか戦い続けるんだぜ。
適度にやって、適度に気を抜く。これが一番合っているし、効果がある。
「三陣がくるぞー!」
おー来た来た。
エビシャコ、タコイカウツボと来て今度は何だと思う?
カニだ。蟹だ! K☆A☆N☆I☆なのです! なんでそんな表記にしたかって? キャンサーの綴りなんざ忘れたからだぜひゃっふー! 転生してから十年も英単語なんざみてねぇからな!
「しっかしでっかいなー相変わらず」
「食いでがあるよなー」
「焼くとうめぇんだ」
「マヨネーズにあえてやる。絶対にだ!」
「ウチの男らは食い気ばっかりさね」
「あはは」
第二陣に遅れることしばし。
砂浜に接近してきたカニは、姿はタカアシガニみたいに脚が長くて太いタイプの魔獣だ。体高はざっと五、六メートルはある巨体がゆっくりと確実にやってくる。こいつら生意気にも横歩きじゃなくて普通に前進してきやがんの。それがまた十数匹。
ただ倒すだけなら、投影面積がでかくて鈍いいい的なんだから高火力で一気にいけるのだが、それじゃおも……うまくはないからな。
契約上、俺たちは助っ人であって、そこまでガンガン行くとオーペグ側から不満が出る。
この迎撃戦はオーペグの国土を守るために必要なことであり、また別の側面としては成人の儀式でもあったりする。
一年に一度という定期的に発生するこの戦いがあるため、オーペグという国は結構な戦闘民族だ。普段はファーマーライフをしていても、いざ戦いになるとマジで鬼になる。
そんな国で育ったからには子供の頃から鍛えられてる。そりゃもう元日本人の俺からしてみれば「もうやめて! その子のライフはマイナスよ!」と叫んでしまうほどに。
そんな感じでこの国じゃ一人前の男として認められる最終試験として若者たちが参戦している。
まぁ、いくら鍛えているとはいえ、初陣で多大な戦果を期待する訳にもいかないし、未来ある若者になにかあってはマズイので俺らがサポート役としているわけだ。んで手が空いた分で大人たちが若者たちに指導したりしている。
「おーっし、カニ討伐、いくぞー!」
「「「おー!」」」
・魔獣。
魔法を使う人以外の生物の総称。
基本的に身体強化が常時発動して硬い。甲殻系はさらに硬い。
常人だと生身でト○ンス○ォーマーに立ち向かうくらい戦力差がある。なので討伐には多大な犠牲を覚悟しなくてはならない。
・オーペグ首長国
実は修羅の国。エビを一対一で倒せれば半人前。
・【獅子の咆哮】
チート野郎が率いる世界最強の戦闘集団。




