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私と彼の距離

調子に乗って、本日二回目の更新です。

動物園デート、続きです。

由香里サイドです。

 「片桐さん! キリンには気をつけて下さい! 奴ら、涎を垂らしてきますから!

 私、前に頭からキリンの涎かぶっちゃって、速攻でトイレに駆け込む羽目になったんです!」

 つないだ手を引っ張って、キリンの下で悠長に見上げていた片桐さんを救出する。

 片桐さんは不服そうに、まだキリンを見上げようとしていた。

 キリンも、片桐さんを、その大きな黒い瞳で見下ろしている。

 のっぽ同士で何か通じるものがあるのだろうか。

 でも、細かいことを聞き出せないので、そこはスルーするしかない。

 私は強引に、片桐さんを次の場所へと連れ出す。


 オオカミは宣言通り、二回見に行った。

 本当は、夕方にも見に行きたいくらいだ。

 涼しくなった頃に、オオカミ達の動きは活発になる。

 夏毛に変わったオオカミ達は、冬毛の時より一回り小さくなっていて。

 じゃれたり、時に追いかけっこしたり、色々な表情を見せてくれるが、それは専ら夕方以降だ。

 あの誇り高さ、そして空に届けとばかりの朗々とした遠吠え。

 でも、遠吠え以外に、オオカミは吠えることがめったにない。唸ることはあるけど。

 肝心なとき以外は、すごく無口。

 そんなことを考えて見ていると、ふと、片桐さんはオオカミに似ている気がしだした。

 貫禄ある体格の猫科の猛獣ではない。

 大きいのに細くて、でも頼りがいがあって。

 そんな風に片桐さんに告げると、片桐さんは驚いたように目を見開いてから、慌てて首を横に振っていた。

 私が強いているとはいえ、その無口さはやっぱりオオカミっぽい。

 片桐さんがオオカミなら、私はそれにじゃれつくマルチーズあたりだろうか。

 キャンキャンと吠えかかる私の首根っこを噛んで、私を巣まで連れてってくれる、片桐オオカミ。

 「すっごく想像できる! 絶対、似合ってますって! オオカミも好きですけど、片桐さんも大好きです」

 笑いが止まらなくなった私の台詞に、片桐さんは仏頂面になって顔を背けてしまったけど、髪の下にのぞく耳は真っ赤で、それを見てまた、私は笑ってしまったのだった。


 ぐるっとゆっくり一周したところで、そろそろお昼の時間になる。

 片桐さんに喋ることを禁じた以上、私が喋るしかなくて、一生懸命しゃべり倒したから、喉が少し痛い。

 片桐さんは、そんなどうしようもない私にもすごく優しくて、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出してくれる。

 「ありがとう、けほっ、ございます」

 少し咳込みながら言うと、私の背中で撫でながら、首を横に振っていた。


 子供動物園の前の緑地帯に小さなレジャーシートを敷く。

 大人二人が座ったら、もう、誰も座れないような大きさだ。

 ジュースを四本買ったらついてきた、という代物で、私が好きなアニメのキャラクターものだった。

 でも、少し子供っぽかったかな。

 ちらっと片桐さんをみると、問題のレジャーシートではなく、私をじっと見ていたようで、思わぬ姿勢のまま目があってしまった。

 ちりっと、胸の奥を焦がすような強い視線。

 曖昧に笑って誤魔化そうと思っていた私は、その視線に絡みとられたように、動けなくなる。

 少し、ほんの少しだけ、怖くなる。

 片桐さんが動いて、私はつい、びくっと肩を揺らしてしまった。

 私の顔の辺りをさまよった男らしい手は、ゆっくりと私から離れ、私が掴んだままだったレジャーシートを代わりに敷いてくれる。


 今のは、今の緊張は、何だったんだろう。

 ふと、気づいてしまった。

 私は、片桐さんのことを何も知らない。


 お互いに、メールや電話で色々な情報を交換してきた。それは確かだ。

 だけど、それはすべて一方通行で、言葉のキャッチボールで受け止められる何か、目を合わせて交わされる何かが、そこにはなかった。


 どうしよう。

 唐突に、片桐さんをすごく怖く感じてしまった。

 あの真剣な眼差しには、どんな言葉が宿っていたんだろう。

 私はどれだけの「それ」を、蔑ろにしてきてしまったんだろう。


 考え込んでしまった私を、片桐さんは急かすでもなく、じっと待ってくれる。

 彼は本当に優しい。

 身長が高いけど、細身のせいか、威圧感は全くない。

 手の動きはいつもゆったりと緩慢で、私を脅かすことは一度もなかった。

 美しいテノールは、駅アナウンスの時、出社を急いでいた私の足をその場に縫いつけるほどの威力を持っていた。

 なのに、彼はそれを行使しない。

 私が動けなくなるそれを、彼はいつでも使えるし、私を良いように転がせるだろうに。


 『そんなに怯えんなよ、俺の声、好きなんだろう? 目を閉じてれば、天国に連れて行ってやるぜ?』


 唐突にフラッシュバックする記憶。


 トントン、と肩を叩かれる。

 いつの間にか私は、自分を抱きしめるように両手で抱え、うずくまっていたようだった。

 片桐さんが、眉根を寄せて、険しい表情で私をのぞき込んでいる。

 片桐さんの右手にはスマホが握られていて、そこには「大丈夫?」と書かれていた。


 そうだ。

 ここは動物園。今日は二人っきり、一日かけたデートなんだ!


 私は強ばっていた体の力を抜き、大きく深呼吸してから、笑って見せた。

 「すみません。ちょっと朝、早起きしすぎたみたいで。

 頑張って作ってきたんです。食べましょう? 嫌いなもの、ないって言ってましたよね?

 信じますよ、私」

 片桐さんは、まだ何か言いたそうにしていたが、そこはあえて無視させて貰った。

 大丈夫。

 片桐さんは、大丈夫。

 そう、自分に言い聞かせて、急いでお弁当を広げた。


 お弁当はとてもお気に召していただけたようで、少し多めに作ったつもりだったのに、すっかり空になる。

 帰りのリュックはとっても軽くなっていた。

 両手を丁寧にあわせて頭を垂れた後、片桐さんはスマホに「美味しかったよ、ごちそうさま」と書いてくれた。

 「お粗末様でした。喜んで貰って、私もうれしいです」

 お弁当箱やレジャーシートを片づけ、今度こそリュックを背負おうと思ったのに、また片桐さんがそれを取り上げてしまう。

 不満を込めて見上げると、いたずらっぽく笑った片桐さんは、背を屈めてきた。

 「どうかしましたか?」

 「美味しかったよ、由香里さん」

 耳元で爆弾!

 その破壊力で、午前中の記憶が全部吹っ飛びましたよ、片桐さん!

 私は思わずよろめき、リュックだけじゃなくて、私まで片桐さんに支えられてしまう。

 腰に回された手に動揺して振り返ると、片桐さんの顔が至近距離にあった。

 「こ、こここ、ここは公共の場です、片桐さん!」

 「僕のことは、司、と」

 すみません。調子に乗っていました。

 彼の声で紡がれる私の名前は、あまりにも甘美で、どうしようもなく泣きたくなってしまった。


 泣かなかったけど!

20161010 誤字を訂正いたしました。

20161123 誤字を訂正いたしました。

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