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僕の誓い

片桐さんサイドです。

短めです。

すでにくっついているバカップルなのに、デート一つがこんなにもどかしい。

そんなもどかしさをお楽しみ下さい。

 天気は曇り。

 にわか雨の可能性あり。

 少し迷ったが、江端さんからのメッセージは、「もう、お弁当を作っちゃったので、行きませんか?」だった。

 彼女がいいなら、僕に否やはない。

 念のため、折りたたみ傘を車に用意しておく。


 三回目の自宅訪問。

 二回とも彼女をおんぶしての訪問だったので、何も背負わないでいるのは、何だか奇妙な気がした。

 ワンルームマンションの下、指定の仮駐車スペースに車を置き、四階の彼女の部屋までエレベーターで上る。

 エントランスで、彼女の部屋の呼び出しを行っていたけど、部屋の前に行くと迷わずもう一度呼び鈴を鳴らした。

 「はぁ~い。今、開けます」

 奥まったところから声がした後、ドアが勢いよく開いた。

 江端さんと目が合う。

 ぽっと頬に朱が入った。

 江端さんは数瞬動きを止め、「格好いい……」と呟くのを耳が拾う。

 その後、慌てたように、「荷物をとってきます」といって、部屋の奥へ行ってしまう。


 ちなみに僕は、彼女が動けるように、と無言を貫いた訳ではない。

 言葉が出なかったのだ。

 柔らかなボブカットを両額の辺りから細く編み込み、首の後ろで結んでいるらしく、その白いうなじがいつもよりもはっきりと見えている。

 今日の僕は、ジーンズにボーダーのTシャツ、スニーカーという出で立ちだ。

 奇しくも、江畑さんもジーンズにVネックでサーモンピンクのシャツ、玄関にはピンクのラインが入ったスニーカーが置いてある。

 所謂、ペアルックという奴だ。

 偶然とはいえ、これで外を歩くのは結構恥ずかしいかもしれない。

 何よりも、彼女の華奢な首から鎖骨のラインがVネックから覗いて、些か眩しすぎる。

 彼女が荷物を持ってくるまでの間に、僕は頬に上った熱が去らないか、と忙しく手で扇いでいた。


 幸い、僕の熱が去ったところで、彼女は大きめのリュックを持って現れた。

 「えへへ。お弁当が入っているので、ちょっと大きくなっちゃいました。横倒しにならないよう、気をつけないと」

 そんな風に言ってるけど、リュックのごつい肩紐が彼女の肩に乗ると、Vネックをぎゅっと引っ張って肩が露わになりそうになっている。

 僕は慌ててリュックを取り上げ、片側の肩に引っかける。

 「あ……ありがとうございます」

 江畑さんの消え入りそうな声が可愛かったけど、僕は頷くことしかできなかった。

 折角おさまった頬の熱が、また上がってきたような気がする。江畑さんが鍵をかける間も待たずに、僕は彼女から顔を背け、エレベーターホールに向かうのだった。


 車の助手席に彼女を乗せ、大きなリュックは後部座席に置いておく。横倒しにできない、と言っていたので、トランクは避けた。

 動物園の駐車場はそれほど広くないと聞いていたので、僕たちの出発も早めにしてあった。

 彼女の家を八時に出る。

 車中の沈黙が重くないように、とラジオをつけたが杞憂に終わった。

 車に乗って十分もしない内に、江端さんの健やかな寝息が聞こえてきたのだ。

 昨日の夜のメールでも、お弁当づくりにかける気迫が伝わってきていたから、今朝はかなり早起きしたのだろうな、と推測できた。

 信号待ちで停車中に、うっかり彼女の頬を撫でてしまったことは、絶対に彼女には内緒だ。


 動物園に到着し、駐車場に車を停めたところで、彼女の肩を軽く揺する。

 唸るばかりで起きてくれない。

 仕方ないので、先にシートベルトをはずす。

 それでも起きない。

 これはつまり、

 「据え膳ってことでいいんでしょうか? 江端さん?」

 耳元でわざと囁いてみる。

 効果は劇的だった。

 江端さんはぱっりちと目を開くと、頬をバラ色に染め、文字通り飛び上がって、小さなポシェットを胸に抱えた。

 「か、かかかかか片桐さん!」

 「ん?」

 言葉少なく首を傾げて見せると、江端さんは僕から距離を置くように運転席側に体をずらした。

 「ダメです……」

 「ん?」

 「喋っちゃダメです!」

 「……くくっ、くっ……うん」

 どれだけ堪えても、笑いが漏れ出てしまう。

 一転して、ぐっと江端さんが近づいてくる。ふわっといい香りが漂った。

 「私が良いって言うまで、喋っちゃダメですからね! 約束ですよ!」

 目尻に涙をためて、僕に詰め寄る君を、このまま腕に囲い込んでしまいたい。

 それは、彼女言う約束の範疇に入るだろうか? 僕は、ぷんぷんに怒っている彼女に頭を下げながら、そんなことを考えていた。


 駐車場から入場すると、アフリカゾーンに入る。

 地図を見るのが不得意なのか、入場の際に渡された園内地図をくるくる回していた彼女に、僕たちが行る場所を示して見せ、ついでに地図を奪う。

 地図の上を指でなぞって、どういう順路で回るか、無言で問いかけると、江端さんはまた真剣な顔で地図を見入る。

 「オオカミ! オオカミははずせません! 二回くらい見に行きたいです。大好きなんです! シロクマもいいなぁ。でも、シロクマは一度でいいかも」

 動物園でオオカミってのは、普通のチョイスなんだろうか?

 こんなところに来るのは小学生以来なので、よくわからない。

 でも、女の子ってもっと可愛い動物、たとえばアザラシとかレッサーパンダとかを見たいものなのだと思っていた。

 不思議に思っても、声を出せなければ問いかけることもできない。

 明るい日差しの下で、スマホに文章を打ち込むのも、微妙にむなしい。

 彼女のささやかな願いをかなえるような順路を指で指し示すと、彼女もにっこり頷いてくれた。

 その曇りのない笑顔を、わずかな胸の痛みとともに見返す。


 いつになったら、君の呪縛は溶けるの?

 僕の声をほめてくれる君は、いつ、僕の声を聞いてくれるの?


 「ほら、片桐さん、あっちですよね? 行きますよ!」

 おいでおいでする江端さんに駆けより、願うような気持ちで、その華奢な手を握る。

 「ふわぁぁ! てっ、手ぇつなぐですか!」

 真っ赤になって後込みしても、手を離してあげない。

 今日一日、僕は精一杯、君に近づこうと思ってるんだ。

 この宣誓が君に聞こえることはないけど、今日が終わる前に、その言葉を届けたい。

 江端さん、覚悟していてね?

20161010 一部誤字を修正、及び一文追加いたしました。

20161123 誤字を修正いたしました。

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