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努力は実を結ぶのか?

由香里ちゃんサイドです。

 昼の休憩室の、女の子があふれている場所が苦手で、でも毎日お外でランチなんて出来るほどの生活的余裕もなく、私はいつもお弁当を持って適当な場所で食べていた。


 「江端さん、いっつもお弁当作ってきてるのね。えらぁい♪」

 「冷凍食品とか、前の日の残りとか、適当に詰めてるだけですから」

 「すごぉい! 私、全然できなぁい! ネイル、落ちちゃうし~」

 綺麗にストーンを並べたピカピカの爪を自慢げに見せつけながら、同じブースの同僚が昼食に旅立っていく。


 それを黙って見送っていると、我が親友殿がコンビニ弁当をつり下げて、私の横までやってきた。

 「あんた、よく黙って言わせてるよね~。私だったら、一発ボディブローを」

 社内でもフランス人形のように可愛らしいと評判の彼女は、右手をぎゅっと握ると、仮想敵の腹部にぐっと拳をめり込ませる仕草をする。

 ご丁寧に拳は内側に向けてひねっていた。

 「手首を痛めるだけでしょ。大丈夫、あの程度の嫌み、私の表皮一ミリも傷つけてはいない」

 ぱりぱりの韓国海苔を握ってきたおにぎりに巻きつけ、ぱっくりとかじり付く。

 んん~、んまい!

 「やっぱさぁ、この韓国海苔の味わいとおにぎりって、すっごくマッチしてると思うんだぁ。中身はたらこがいいなぁ。あぁ、幸せ」

 「食い意地で婚期、逃すなよ~」

 幸せに浸りながらぱくついていると、親友は空いているイスを私の机まで勝手に引っ張ってきて、座り込む。


 私のお弁当の横にコンビニ弁当を広げている最中に、親友殿、その名を水田万里子みずたまりこという、が私の弁当箱の横にあるスマホを指さした。

 「ゆっき~、着信あったみたいだよ」

 「おぅ、ありがとう、水たまり~」


 ガン! と私のおにぎりに割り箸が刺さる。


 「その名を言うな、と何度言えば解る?」

 万里子のいつもは可愛らしい顔が、今は般若に見える。

 元々は、香坂万里子こうさかまりこと言う我が親友殿は、寄りにもよって、先日、社内の水田係長と結婚なさったのであった。

 私は若干頬をひきつらせ、にこやかに笑みを返した。

 「ごめん。口が滑った」

 「その軽やかな口で、命を失わないように、ね。忠告はした」

 こくこく、と頷くと、万里子はようやく弁当に箸を運ぶ。私の可愛いおにぎりには、真ん中に杭を入れたような穴が空いていた。

 私はその穴をあえて目に入れないようにそらし、右手でスマホを、左手でおにぎりを持った。


 おにぎりを口に入れながら、スマホを操作する。

 「あ」

 意図せずに発した声のせいで、ご飯粒がいくつか口から飛び出した。

 「ゆっきー?」

 「はい、すみません」

 素直に謝って、こぼした場所をティッシュで拭ってから、スマホを見返した。

 思わず口元がにんまりとゆがむ。おにぎりをラップに包み直して、いそいそと両手でスマホを握って、メッセージを送った。

 返信を待つ間におにぎりを食べ切っちゃおうと思ったが、二口食べる間に返信が届いた。

 「早っ!」

 万里子が声を上げる。

 「そうなんだよね。結構、長文でもあっと言う間に返信が来るんだ。段々早くなってる気もするし。あれかな、話題になりそうな内容から、返信内容をもう用意してあるのかな」

 そんなことを疑ってしまうくらい、返信が早い。

 万里子はジト目で私を見る。

 「それって、この間の人でしょう? 付き合うことにした人。えぇと、片桐さん?」

 「ん、そう。片桐さん。いい人だよ、優しくて」

 返信を書きながらだから、かなりおざなりな言葉を万里子に返すことになる。

 それでも万里子は怒ることなく、寧ろにやにやを深めて、私の顔を下からのぞき込んできた。

 「確かに、あの声はすごかったわ。声フェチのあんたが落ちるのも、仕方ないと思うよ」

 「でしょ? すっごいでしょ? 本当、腰が抜けちゃうよ。私は寧ろ、あんたが平然と片桐さんとお話しできていたことが、未だに信じられない」

 「腰が抜けちゃうって、それじゃ、デートも出来ないじゃない。未だに筆談ってわけじゃないんでしょう?」

 私は思わず目を泳がせる。

 万里子は眉をひそめた後、次いで大きく目を見開いて、イスの上で仰け反った。

 「まさかあんた、未だに筆談? あれから一ヶ月だよ?」

 そのまさか、である。いや、現在は筆談ではない。だが、限りなく筆談に近い、スマホ談なのだ。

 片桐さんは、筆談だとどうしても漢字が思い出せなくて、平仮名ばかりになる、と嘆かれ、ご自身のスマホのメール画面で、私と意志疎通を図るようになって下さったのだ。

 「……何、その神対応? 片桐さんって本当に人間? ってか、男? 最初に家まで送ってもらったって言ってたけど、何かあったのよね?」

 呆れた後、何故か縋るように、祈るようにそんなことを言われ、私は首を傾げた。

 「送ってもらったときは、玄関までだったよ。……何かって言うか、おんぶしてもらった」

 あのときのことを思い出すと、未だに頬が熱を持つ。

 すごく大きな背中が広くて、たくましくて、ドキドキしっぱなしだった。

 お尻に当たった手にいたたまれなくて、ちょっと落ちそうになったりもした。

 そうしたら、抱えなおして、しっかりおんぶしてくれたっけ。

 「おんぶね。腰が抜けてたものね。……ん? おんぶだけ? 他には?」

 「何もないよ。私を優しく玄関においてね、頭をぽんぽんって撫でてくれて」

 本当、王子様かと思ったよ。

 「それだけ?」

 「他に何か?」

 万里子はしばらく口をパクパクした後、言葉を失ったように脱力して、イスに座り込んだ。

 食べかけのコンビニ弁当を、力なく箸でつついている。

 「……タレか……」と聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。餃子じゃあるまいし、タレの話なんてしていない。

 そんな万里子を放っておいて、私はまた片桐さんにメッセージを送る。

 すぐに既読がつく。

 返事もすぐに来る。

 今日は何時頃上がるんですか、とか、暑いですね、とか、そんな他愛ない内容が嬉しい。

 「……二人で会ってる時もスマホなの?」

 「ん~。一度しか会ってないからなぁ。確か、あの時からスマホだったな」

 片桐さんは地下鉄職員で、ひどく変則的な勤務の仕方をしている。仮眠込みの深夜勤務もあるくらいだ。

 土日が休みと決まっている私とは、必然的に会うことができない。

 それでも、たった一回だけ、片桐さんが休みの金曜日に、私の仕事が終わった後、夕食と映画を見に行ったんだ。

 「それって、付き合ってるっていうの?」

 「仕方ないじゃん。声聞いたら……動けなくなるんだよ……」

 その点は、私も非常に申し訳なく思っている。

 寧ろ、泣きたいくらいだ。


 こんなに好きなのに、迷惑ばっかりかけている。


 「そんなに優しいのって、どうなんだろうね」

 ポツリ、と万里子がこぼした言葉が、胸に刺さる。

 「何か、手間のかかる妹的な感じ」

 今度はザクザク刺さる。


 それは確かに、私も思っていた。

 私はもっと片桐さんの近くに行きたいけど、行けない。でも、大好き。この気持ちは本当。

 ただ、片桐さんはどうなんだろう?

 手間がかかるばかりの女なんて、面倒くさいだけだろう。

 片桐さんは優しいから、面倒見がよくて、一度声をかけただけの私に、親切にしてくれるだけなのかもしれない。


 「そんなんじゃさぁ、片桐さん、もっといい人に狩られるよ。世の中の肉食女なんて、あちこちにいるんだから。

 それとも、片桐さんの本命は別にいて、あんたはちょっと餌をあげただけの捨て犬的な何かなのかも」


 「万里子!」

 私は思わず万里子にすがりつき、涙目で懇願する。

 「万里子先生! どうすれば、片桐さんともっと仲良くなれますか?」

 「……カフェ・ド・ノワールのミルフィーユセット」

 「喜んで!」

 万里子は蠱惑的な笑みを浮かべ、私の鼻先をちょん、とつついた。

 「声に慣れればいいのよ」

 「無理です。いい声過ぎます」

 「練習しなさい」

 「どうやって?」

 「あんたが家にいる時に、電話をかけてもらうのよ。あっちにだって、休憩時間くらいあるでしょ? 家にいるときなら、腰が抜けても、問題ないしね」

 「…………神! 女神様!」

 「はいはい、ミルフィーユセット、忘れずにね」

 いつの間にか自分の分のお弁当を空っぽにして、万里子が立ち上がる。

 なんて神々しい姿だろう、と私は両手を合わせて拝んだ。御利益があるかもしれない。


 その夜、私は早速、ドキドキしながら片桐さんにメッセージを送った。

 電話で、声に慣れる練習をしたいんです、と。

 お暇なときに、お電話下さい。十二時までお待ちしています、と。

 あまりにもドキドキしすぎて、トイレも我慢し、お風呂にはスマホにビニールをかぶせて持ち込んだ。

 でも、トイレだけはどうしても我慢できなくなったので、仕方なく駆け込み、駆け出てきた。

 スマホはウンともスンとも言っていない。

 十二時まで残り十分程度。


 今日はもう、無理かな。

 いきなりだったし、仕事中だし、お邪魔になるよね。

 ドキドキしていた胸は、ズキズキしている。

 私の方ばっかり、大好きな気がして。

 同じくらいの気持ちがほしいなんて言えないけど、せめて、少しは私のこと、考えてくれたかな、なんて、変なことも考えちゃって。


 十二時前の秒読み開始した頃、後三秒を残して、スマホが鳴った。


 速攻でスマホを手に取り、耳に当てる。

 「片桐です! ごめん。酔っぱらいの相手してたら、時間過ぎそうになって! まだ、大丈夫?」

 片桐さんの声だ!

 豊かなテノール。喉だけじゃなくて、体全体に響いて出しているような、夜の小川のような声!

 「江端さん? 聞いてる? あの、また腰が抜けてる?」

 こくこく頷くけど、もちろん、片桐さんには見えない。


 どうしよう、万里子!

 電話のハードル、すっごく高いよ!

 耳元で聞くささやき声って、凶器じゃん! バカ!


 結局、この日は私の声が出なくなって、片桐さんにはメールで平謝りしたのであった。

20161010 万里子ちゃんの結婚が、去年から先日、に変更になりました。大人の事情で。お許し下さい。

20161014 誤字を訂正いたしました。

20161123 誤字を訂正いたしました。

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