片桐さんと田所さん
「ひとぎきぼれ」と「Side B」が、日刊ジャンル別で三位と四位になった記念ということで、SS書いてみました。
まずは、活動報告に入れた片桐さんサイドです。
昼時だけあって、店内は込み合っている。
だけど、カウンター席が二つ空いて、僕と田所はそこに滑り込むことが出来た。
席に着くなり、田所は熱いおしぼりで顔を拭く。
「あぁ、生き返るなぁ」
その横で僕は手を軽く拭いた後、メニューを開くこともなく、スマホを取り出してメッセージを打ち込んでいく。
途中、店のおばちゃんが注文を取りに来たが、僕はスマホから顔を上げることもなく、日替わり定食を注文したのだった。
「なぁ?」
沈黙がいたたまれないなら、壁にあるテレビでも見ていろ。
心の中で思ったが、そんなことを言えば、返って鬱陶しくまとわりついてくるだろう男だ。
僕は生返事を返した。
田所は僕の手元をじっと見つめる。
ちょうど、LINEで江端さんにメッセージを送り終わったところだった。
田所の視線が鬱陶しいが、スマホをしまってしまうと、せっかくの返信に気づけない。
僕はスマホの画面を自分の胸に向けて持つと、この店舗に入って初めて田所を見返した。
「どうしたんだ?」
用件があるならさっさと言えばいいのに。
少し苛つきながらも、声は平常心を心がける。
田所が口を開きかけたところで、スマホが震えた。返信だ!
「ちょっと待て」
ステイ、と言わんばかりに、田所の面前に手のひらを掲げ、彼がまた黙り込んだところでスマホを覗く。
思った通り江端さんの返信だった。この時間なら彼女もお昼だろうと思ったが、狙った通りだ。
文面に急いで目を通して、こっちからも返信を送る。
なんて事のない内容だったが、数回のやりとりで僕の心はすっかり温まり、心大らかになれた。
ちょうどよく届いた定食を前に、僕は割り箸を割りながらふと、田所が何もいわずに僕を凝視していることに気づいた。
さっき「待て」と言われて素直に待っていたのか?
疑問と気まずさを感じつつ、頭を少し下げてみせる。
「あぁ、その。悪かった。何か言い掛けてたよな?」
問いかけてみても、田所はぼーっと僕を見るばかりだ。
その視線は、僕の手元のスマホに釘付けになっている。
居心地が悪くなり、スマホを持つ手を机の下に隠す。
田所は我に返ったように頭をぶるりと振ると、にこやかに言った。
「おまえ、すごいな!」
「……何が?」
不穏なものを感じ、恐る恐る聞き返す。
田所は一切の躊躇を見せずに言った。
「なんか、女子高生みたいだった」
思わず、口の中のサンマの塩焼きを吹き出してしまう。
慌ててテーブルを拭いたが、口の中の大半はどこかに飛んでいった後だった。
大の男を捕まえて、女子高生みたいって、どういう意味だ?
それでも、田所が悪びれる様子は欠片もない。
「すっげぇ勢いでスマホに字、打ち込んでいて。なんだその早さ。いつの間にそんなに早くなった?」
今度は飲み込んだものが気管に入り込み、咳が止まらなくなる。
早くなった理由。そんなものは簡単だ。
だが、絶対にこいつには教えてやらん。
心に決めた、昼休憩だった。