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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第七章
531/532

第七章-87


(まさか、こんなにすぐ近くに敵が集まっているなんて……!)

 (おのの)くプリムローズの額から、一筋の冷や汗が流れる。


 駆逐(くちく)(かん)の乗組員たちは、艦橋(かんきょう)の消火活動にあたり、二手に分かれていた。ひとつは船内各所に設置された消火(しょうか)(せん)とホースを(つな)いでバルブを開ける係。もうひとつは消火栓に繋いだホースを甲板へ運び、甲板から艦橋に放水する係である。

 なぜこのように役割を分担させたかというと、まず長いホースは丈夫な布地でできているために重く、運び出すには人手が必要であるのが一点。二点目に消火栓は、一度バルブを全開にすると水の勢いが凄まじく、手を放せば重いホースが暴れてしまい事故のもとになるので、現場からの合図を受けてバルブを開閉する者が必要だからである。


 ホースを甲板に運ぶ役割の者たちは、すでにタラッサ率いる水軍の面々に倒されている。だが船内にはまだ、消火栓のバルブ前で待機している乗組員がいるというのだ。


 プリムローズとオリバーは、曲がり角の陰で中腰になったまま、想像より近距離にいた敵兵たちの様子をうかがう。

 彼らは甲板に行った仲間が、水軍の襲撃を受けているのを知らず、バルブ全開の合図が来ないことに焦りを感じていた。

「遅い……」

 床に落とした白いホースが、甲板へ続く通路へと一直線に伸びている。あとはバルブを開けるだけなのに。

「向こうはどうなっている?」

 その場で一番若い乗組員が、上官や先輩の懸念する気持ちを()み、駆け足で甲板へ向かおうとした。

「自分、見てきます!」

 彼は意図せず、曲がり角に隠れるプリムローズたちに接近する。彼女の足元の床は、迫りくる人影を映していた。


 このまま見つかってしまうのではないか。プリムローズの心臓が胸から飛び出んばかりに大きく鼓動したそのとき。

 オリバーが曲がり角に現れた彼の襟首を掴み、壁際に引き寄せた。悲鳴を出しかけたその口を、籠手(ガントレット)をはめた手で塞ぐ。そしてもう片方の大剣を握った手を回し、剣の(つか)で彼の腹を抉り込むように打った。

 腹を殴られた乗組員は気絶し、全身の力が抜けてよろめいた。オリバーは音を立てないように気を失った彼の彼を支え、静かに床の上に横たわらせた。刃で斬ると血が床まで流れて見つかってしまう恐れがあるため、甲冑の騎士はあえてこの方法をとったのだ。


 ありがとう、とプリムローズは小声でオリバーに感謝する。そして今しがた彼が沈黙させた乗組員を、不安げな眼差しで見下ろす。

「敵が多すぎる。隠れていても、見つかるのは時間の問題ね」

「ならば自分が(おとり)になって、彼奴(きゃつ)()(ほふ)りましょう。プリムローズ様はその隙に、目的の場所まで駆け抜けて下さい」

 オリバーの提案にプリムローズは首を横に振った。

「ここは敵陣よ。力押しで正面突破をしても、大勢の敵に囲まれてしまうかもしれない。たとえ強い貴方でも疲れちゃうわ。敵を見つけたら、その都度(つど)倒してったほうがいいんじゃないかしら」

 そう言いながら、携えていた麻袋の中から、球体型の焼き物を取り出した。ユージンから貰った炮烙(ほうらく)()()である。

 オリバーは彼女の次の行動を読んで、火打石を打った。

 

 カンッ。


 高い音が鳴り響く。消火栓の前にいた乗組員たちは、弾かれたように一斉に曲がり角の先を振り向き、マスケット銃を構えた。

 次の瞬間、曲がり角から何か丸いものが投げ込まれる。乗組員たちの視界に映ったそれは、赤い火が揺らめいている。着火させた物体――爆発物。瞬時にそれを理解した彼らは、後方の仲間に知らせるため「爆弾!」と叫びながら、通路の奥へ走り出した。


 しかし、手遅れだった。丸い物体――炮烙火矢の導線から、内部の黒色火薬に火が点いたとき、パァンッ! という炸裂音(さくれつおん)とともに外装の素焼きがひび割れて弾け飛び、爆発した。通路を灰色の煙が包み込む。

 曲がり角の手前にいた乗組員は灰色の爆風に煽られ、真後ろにいた仲間を巻き込みながら、通路の奥へ10メートル以上も吹き飛ばされる。壁に身体を強打して骨折し内臓が破裂した者、焼き物の破片が刺さり、のたうち回る者もいた。

「ギャアアアアアアッ……!」


 煙が引いた後、オリバーは大剣を構えたまま曲がり角から出て、その場にいる乗組員が床に突っ伏したきり、起き上がる気配がないのを確認した。プリムローズは彼の後ろから顔をのぞかせる。辺りに漂う火薬のモンワリとした臭いにコンと小さく咳をしながら、(すす)けた壁、床に伏した乗組員たちの負傷具合を目の当たりにし、己がしたこととはいえ、炮烙火矢の意外な爆発力に少し背筋が寒くなった。

 彼女はふと、アシ号でユージンに教えてもらったことを思い出す。


『狭い場所で複数人が固まっているところに、この炮烙火矢を投げ入れれば、十分に威力が発揮されるでしょう。危険ですので、くれぐれも対象から離れてお使い下さい』


 プリムローズが持っている炮烙火矢は残り2個。使いどころを考える必要がある。

「ねぇオリバー。これからは、敵が1か所にまとまっているときは、炮烙火矢で吹き飛ばしましょう」

「承知しました!」

 こうして2人は目の前の敵を倒し、船内に進むのであった。




 一方、甲板ではタラッサ率いる水軍とディエゴが、乗組員たちと戦いを繰り広げていた。

「うおおおおおおおお!」

 雄叫びを上げながら剣を振りかざす水兵。対する乗組員も軍刀を抜いて、必死の抵抗を見せる。甲板は敵と味方が入り混じる、決着のつかない混戦状態となった。

 

 己の肉体ひとつで周囲の敵を制圧していたディエゴは、突然、ピクリと肩を震わせた。何か胸中にざわめくものを感じたのだ。

 振り返ると、艦橋の手前にある砲身が動いたのに気が付いた。殺気を嗅ぎとる戦士の勘は、大型兵器相手にも通用するようだ。


 砲塔(ターレット)の中では、砲兵たちがアシ号に狙いを定めて、新たな砲弾を装填(そうてん)している最中であった。彼らは大小全ての砲台でアシ号を撃沈させるつもりだ。

「調子に乗った野蛮人に、帰りの船はないと教えてやれ!」


「やべえ!」

 砲兵隊の悪あがきを察したディエゴは、甲板の床を蹴り上げて、砲塔へと走り出した。

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