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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第七章
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第七章-85


 アシ号の水兵たちは、(たくま)しい腕で(かぎ)(なわ)をブンブン振り回すと、駆逐(くちく)(かん)へ向かってビュンッ! と一斉に投げた。その鋭い(かぎ)(つめ)は、放物線を描くように海を渡り、甲板(かんぱん)の手すりなどにガキンッ! と金属音を立てて、引っ掛かる。

 そして彼らは、せっかく引っ掛けられた鉤縄が(ほど)けないように、自分たちの船の帆柱(マスト)にしっかりと(くく)りつけた。こうして、アシ号と駆逐艦の間に、5本の鉤縄が()けられた。


 タラッサは水兵たちの前に出ると、鉄扇(てっせん)をバッと広げて、駆逐艦を指し示した。その艦橋(かんきょう)は今なお炎と煙がぼうぼうと上がっている。

「白兵隊は、あたしについてきて! その間、砲兵の皆はあたしたちを援護してね」

「私たちは?」

 プリムローズが尋ねる。タラッサはサイドテールの黒髪を揺らして振り向いた。

「プリムラたちは、私たちが乗り込んだ後からついてきて。――攪乱(かくらん)、好きなんでしょ? 思いきりやっちゃって!」

 女友達の勝気な笑顔に、プリムローズも釣られて微笑んだ。まるでスポーツ大会の前に励まし合う女学生のような朗らかな光景だが、これから始まるのは命のやりとりである。


 少女たちの背後に立つディエゴはフンと鼻を鳴らして、逆立てているオレンジ色の髪をガシガシと掻きまわした。

「……」

 こうするより他なかったとはいえ、彼女たちにとって戦闘が日常になりつつあるのが、未だに気に食わないのだ。


 さあ、いよいよ船長タラッサを筆頭に、アシ号に乗る白兵専門の水兵たちは武器を背負い、それぞれ革手袋をはめ、波風で揺れる鉤縄を恐れることなく伝い登った。

 鍛えた四肢をもって、素早く縄を登る水兵たち。ベテラン勢が敵艦に乗り移ったのを確認すると、タラッサも手袋をはめて鉤縄の1本を握りしめた。

「それじゃ、お先に」

 彼女は誰からの手助けも借りず、他の新人の水兵たちと同じように、ひとりで縄を登っていく。


「気を付けてね」

 プリムローズは胸の前で両手を組み、真下にある海をものともせず、鉤縄を登り続けるタラッサの後ろ姿を見送った。

「タラッサ嬢なら心配ありますまい」

 オリバーはそう言って王女を励ましたが、彼女は気が気でなかった。タラッサの身体能力が高いとはいえ、拭いきれない大きな不安要素がある。


 ふと、ユージンに付き添われていたミルコ少年が、駆逐艦を指差しながら声を上げた。

「たイほう、あります。たイほう、すぐ」

 彼の言葉の真意を瞬時に汲み取ったユージンは、すぐに船内にいる全員に向かって呼びかける。

「皆さん、伏せて下さい!」

 オリバーはとっさにプリムローズに覆いかぶさった。ディエゴもその場で屈む。


 次の瞬間、ヒュドオオオオオオン! という轟音と共に、駆逐艦の砲口から砲弾が飛び込んできた。水飛沫が高く上がり、アシ号全体を激しく揺さぶる。そう、敵の反撃が始まったのだ。

 ユージンはミルコと床に伏せて衝撃に耐えながら、丸眼鏡越しに敵艦を(にら)む。

「くっ……! 思ったより立て直しが早いッ!」


 駆逐艦の砲塔(ターレット)内にいる砲兵隊は、艦橋が攻撃され他の部隊が混乱している最中、速やかに復旧したのだった。司令塔が破壊されたと知った彼らは、もはや現場の指揮は自分たちに委ねられていると腹を括ったのである。

「我が部隊はこの艦最後の防衛手段である! 意地でも奴らを侵入させるな!」

「おい、砲弾は惜しむなよ。もうお小言を言う上官もいねぇんだから!」

「撃てェーッ!」

 彼らの張った弾幕は、数本の鉤縄を焼き切った。


 それはタラッサの掴んでいた縄も含まれている。


「あ……」


 命綱(いのちづな)が目の前で断たれ、少女の瞳の輝きが消える。次の瞬間には、全身に重力が加わり真下に落ちていくのが分かった。まるでベッドから足を投げ出したときに見る、体が真っ逆さまに落ちる夢みたい、と既視感に浸る余裕もなく、タラッサは頭が真っ白になった。


 巨漢のディエゴが甲板から上半身を乗り出し、限界まで腕を伸ばしたが、間に合わなかった。


 オリバーに伏せたままでいるように腕を引かれても、プリムローズは眼を見開きながら思わず叫ぶ。

「タラッサァアアアアアアアアーッ!」


 そのとき、ミルコがぽつりと呟いた。

「ジリョーニィ・バーシュニャ」

 土属性のマテリア術の詠唱により、海底から幾本もの巨大な木性の(つる)が急速に伸びて、駆逐艦とアシ号の隙間を埋めるように絡みついた。それはアップルパイの網目(あみめ)模様の飾りのような格子状に形成され、落下したタラッサや水兵たちを受け止める(かご)と化した。

「いたた……」

 背中にぶつかった蔓の(かた)さに顔をしかめるタラッサたちだが、命に別条はない。


「ああ、タラッサ……良かった!」

 プリムローズは欄干から彼女たちを見下ろすと、ホッと胸を撫で下ろした。友達を二度も失いたくはなかった。


ディエゴはミルコに近づき、彼の頭を人差し指と中指でポンポンと軽く撫でる。

「お手柄じゃねぇか、坊主~」

 しかしミルコは褒められても嬉しそうにせず、駆逐艦を指差して、ディエゴに同じ言葉を繰り返す。

「ディエゴ、せンそウ、おわります。ディエゴ、せンそウ、おわります」

 ミルコ本人にとって、先ほどのマテリア術は人命救助という意図はなかった。戦闘中という、気に入らない状況を早く終わらせるための一手を打っただけに過ぎないのだ。

「あーはいはい。わかったわかった」

 さっさと終わらせてこいとせっつかれたディエゴは雑な返事をして、船の欄干(らんかん)に足を掛けた。

「じゃあ行ってくる」

 プリムローズとオリバーも続く。ユージンはミルコの隣に立ち、戦場へ向かう彼らを柔和な笑顔で見送った。

「行ってらっしゃい」

 まるで外出する家族に言うような呑気さだが、プリムローズには次の言葉を贈る。

「ご武運を」

「はい!」

 プリムローズは、彼から教わった戦法を叩き込んだ頭で、力強く頷いた。オリバーは2人の短いながらも確固たる意志を感じるやりとりを、フルフェイスの(かぶと)越しに、(いぶか)しげに見つめる。

「……」

 ディエゴと違い、プリムローズ王女が戦闘に積極的な姿勢を見せるのを喜ばしく思っているオリバーではあるが、本心の読めないユージンに入れ知恵されているのは面白くないのだ。


 さて、それぞれが吐露せぬ心情を抱えたまま、プリムローズ、ディエゴ、オリバーはアシ号から飛び降りた。蔓の籠に着地する。

 それから背中を押すように、砲弾の音が立て続けに鳴り響いた。アシ号の砲兵隊が彼女たちを援護してくれているのだ。


 プリムローズは膝をさすってくる鬱陶しいスカートの裾を蹴り上げ、砲弾の熱風と、湿気た潮風が混ざる空気を頬に感じながら、蔓の上を駆け上がった。太陽がやけに眩しい。


 そして、太陽に照らされて熱を帯びた駆逐艦の欄干に、彼女は手をついた。



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