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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第七章
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第七章 奇策


 傍らにいたオリバーが王女に声をかける。

「プリムローズ様、『目標』に近づいて来ましたぞ!」

「いよいよ、ですね……!」

 プリムローズは真剣な顔つきになって、オリバーが指し示した『方角』へ顔を上げた。


 ディエゴが「あのよぉ」と遠慮がちに、彼女の頭上から話しかける。

「俺はここで坊主を見とくよ。ひとりぼっちにさせたくねぇし……」

「いえ、私が残りましょう」

 そう言ったのはユージンだった。

「君は王女殿下と共に『向こう』に行くべきです。そのほうが、コトが早く終わります」

「ディエゴ、せンそウ、おわります!」

 ユージンの言葉を拾い、ミルコは振り返りざま、肩に添えられたディエゴの手を払いのけ、早く行けと言わんばかりに、グイグイと彼の強靭な(ふと)(もも)を押した。


「なんだよ、フラれちまった」

 オークの青年は少しショックを受けた。自分がいくらなだめてもぐずっていた子供が、友人の一言で瞬時に気持ちを切り替えたので、複雑な心境になったのだ。


 そこへ鉄扇(てっせん)を右手に持ったタラッサがやってくる。

「プリムラたち、準備はいい?」

 プリムローズ、オリバー、ディエゴの3人は顔を見合わせると、タラッサへ振り向き、強く頷く。

「今から船がすごく揺れるから、そのまま柱に掴まってね!」

「はい!」

 プリムローズはしがみつくようにヒシと柱に掴まった。その上から(かば)うようにオリバーが掴まる。ユージンはミルコに柱の反対側に掴まらせ、ディエゴは彼らに覆いかぶさる。


 砲撃戦の最中でも風を帆に受けて直進するアシ号。駆逐艦からだと逆風だが、反対方向に船首を向けたアシ号にとっては『順風』である。


 ただでさえ海底から生えた樹木に妨害され立ち往生している駆逐艦は、さらに逆風によって押しとどめられているが、アシ号は追い風の吹くまま前進できる。天を味方につけた幸運な小型船は、2つ目の好機を見逃さない。


 アシ号の右舷側と敵艦を隔てる樹木の列がある。その木と木の間に流れ込む潮流は、帰り道を失くした者同士が、互いに求め合うように飛沫を上げて激しく波打つのであった。舞い踊る天女の羽衣が(ひるがえ)るが如く波は高まり、留まることを知らない。


 タラッサが波音に負けじと声を張り上げる。

「おぉおおおおもおおおおかあああじいいいいいー!」


 面舵(おもかじ)。アシ号は高波に乗り上げた。本来ならば危ぶむべき事態かもしれない。しかし彼らにとって、これ以上ない幸運だ。

 木と布でできた前時代の古びた帆船が、最新式の蒸気船を見下ろしている。夢のような話だ。向こうにしてみれば悪夢かもしれない。

 アシ号は今この瞬間から、駆逐艦の副砲も主砲も怖くなくなった。敵の砲弾はすべて波が飲み込んでくれる。海戦において『地の利』という表現は適切ではないが、文字通り波に乗ったアシ号は、高低差で優位に立っているのだ。敵の攻撃は届かないが、こちらの攻撃は向こうに届く。

 

 そしてアシ号の全ての砲口は。

 

 駆逐艦の艦橋を向いていた。


「撃てえぇええええええーッ!」

 うら若き少女船長が叫ぶと、呼応するように砲弾が弾き飛ばされた。砲弾が全弾命中した艦橋は爆風に包まれる。悲鳴すら衝撃音に掻き消された。

 骨組みが露出して、原型を留めていない艦橋内は、爆発した衝撃で落下した機材や建材によって、艦長を含め士官、操舵手、通信士などの乗組員は全員下敷きになった。生存者は望み薄である。


 ユージンが先ほど言った「少しばかり工夫が要るが当てたら大きい」というのは、この高波を利用した戦術である。彼は柱にしがみついたまま爆発した駆逐艦の艦橋を見下ろし、片手で船の揺れでずれた眼鏡をかけ直す。


「生き物も機械(からくり)も人も国も、どんなものでも、司令塔(あたま)をやられたらおしまいですからね」


 ドワーフの医師の発した、その穏やかな声音に似つかわしくない、ふんだんに(とげ)を含んだ言葉を耳にして、オリバーは思わずギョッと驚いて、彼のほうを見遣った。

 プリムローズは揺れに耐えるので精一杯で、ディエゴは身長が高すぎるために、ユージンの独り言が聞こえたのはオリバーだけだった。


 ユージンは笑ってなどいなかった。


 むしろ少し哀愁のある表情だった。自身が提案した作戦なのに何故? と甲冑の騎士が疑念を抱いたのも束の間、次第に引いていく波とともに、アシ号も海面へ雪崩れるように落ちていった。



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