第七章 腹の探り合い
一方、駆逐艦では砲兵隊の観測手が、声を上げた。
「おい、船が動いているぞ!」
観測手は砲塔内の銃眼からアシ号が帆の向きを変え、徐々に動き出しているのを捉えたのだった。砲兵たちは小型船の不審な動きに首を傾げる。
駆逐艦の主砲は威力こそ非常に高いが、これまで前述したように、1発撃つごとにクールタイムが発生してしまうので、安易に連射できる兵器ではない。
撃つなら確実に敵に命中させ1発で撃沈させたいが、その敵の挙動がおかしいから撃つに撃てなかった。
「直撃を回避するつもりか?」
「今さら遅いが」
「帆船の機動力では、主砲の射程圏内から離れることはできまい」
「奴らはそれすら分からぬほどの馬鹿なのだ」
鼻で笑いつつも彼らは警戒を怠ることなく、アシ号が動いた旨を伝声管より艦橋へ報告した。
報告を受けた艦長は、額に手を当てて唸った。まるでアシ号の意図が読めない。土属性のマテリア使いは水軍の仲間だろうが、その術は敵味方関係なく針路を妨害している。考えなしにマテリア術を発動させているのではないかと疑うほどだ。
いつ化け物めいた樹木に襲われるか分からない状況下で、船を発進させるなど、正気の沙汰とは思えない。何か奥の手があるのだと彼は察した。
敵方の動きを読みあぐねている艦長に、傍に控えていた士官が発言した。
「このまま戦線離脱するつもりでは?」
彼も砲兵隊と同じく、アシ号が駆逐艦から逃げるつもりだと考えた。しかし、もうひとりの士官が首を横に振る。
「それは希望的観測に過ぎん。奴らは自分の船ごと火を点けるような奴らだ。もしかすると、障害物による座礁もいとわずに、船体ごとこちらにぶつかってくるつもりかもしれないぞ」
「流石にそこまで愚かではないと思いたいが」
艦長は苦笑いをした。駆逐艦の攻撃を封じるために、警備兵を人質にとったのだろうに、自分の船が沈むような真似をするなど、悪手を通り越してもはや悪趣味なお笑いである。
彼がもし、船に磔にされた警備兵のことを、プリムローズは生かしておくつもりでいると知ったなら、彼女の思考についていけず苦笑する余裕すらなくなるだろう。
「離脱するにせよ、特攻をしかけるにせよ、本艦のほうが速い。砲兵隊に送れ、敵の動きに合わせ弾道の計算を修正し……」
そのとき、見張り台との通信担当が、新たな報告を伝えた。
「小型船、本艦から3時方向に直進!」
つまり、アシ号は駆逐艦に対し、ぴたりと平行になるよう動いているのである。離脱するつもりなら反転して9時方向に後退するべきで、捨て身で相討ちを狙うなら、6時の方向に転換して、垂直に突進するべきである。したがって、アシ号が離脱や特攻を目論んでいるという線は消えた。艦橋はどよめく。
「3時? ならば主砲を避けているのか」
「だから間に合わないだろう、それは」
憶測が飛び交う最中、風向風速計の針を睨む操舵手の一言が、その場を静めた。
「艦長。現在、逆風です!」
逆風、つまりこの駆逐艦にとって追い風が吹いているということである。艦長、士官、その他の乗組員は、脳内に稲妻が走ったかのように一瞬で、アシ号の次の手を完全に理解した。
険しい表情になった艦長が、通信士へ叫ぶ。
「砲兵隊に伝令! 副砲で弾幕を張れ!」
命令を受けた砲塔の砲兵たちは、手際よく数台の副砲の弾丸を装填して、3時方向に進み続けるアシ号に狙いを定める。
伝声管から艦長直々に発された声が響く。
「撃て!」
そしてヒュドオオオオオオン! という轟音とともに、砲弾を放った。
対するアシ号も応戦し、砲撃を続ける。
「お嬢、奴さんに手の内を読まれているかもしれませんぜ?」
水兵のひとりが、火薬の導線に火を点けながら軽口を叩く。タラッサは両手を腰に当てて、胸を張った。
「バレても、叩きのめすだけ!」
「この調子だもの。お頭と姐御、どっちに似たんだか……ガハハ!」
水兵たちは肝の据わった次期頭領に、高らかに笑い合った。
荒波で揺れる船上で、しゃんと背筋を伸ばして立つタラッサの後姿を、帆柱にしがみついて伏せているプリムローズは眩しげに見つめた。
タラッサは苦しい状況下でも勝気に振る舞うことで、水兵たちの士気を高めている。これぞ『人の上に立つ者』の仕草に違いない。
(私って、タラッサみたいに周りの人たちを勇気づけるとか、そういうのを意識して取り組んだことなかったわ……。駄目ね、いつも自分のことで一杯になっていた)
「せンそウ、おしまいです。せンそウ、おしまいです……」
プリムローズの近くでディエゴに付き添われていたミルコが、同じ言葉を繰り返し呟いている。不穏状態は治まりつつものの、すんすんと鼻をすすり、伏せられた長い睫毛が涙で濡れていた。
その不安げな姿が、幼い頃の妹シャーロットと重なり、彼女はようやく思い至った。ミルコ少年からしてみれば、わけがわからないまま船に乗せられ、大きな音や揺れを体験して混乱しているところに、マテリア術を使えと言われて、怖い思いをしているのではないかと。
王女は甲板の床を這うように彼に近寄って、安心させるように微笑みを向ける。
「さっきは無理を言ってごめんなさいね。戦争、もうすぐ終わりますからね」
ミルコは視線を合わせないが、俯いたまま「もうすぐ、おわり……」と彼女の言葉を噛みしめるように繰り返した。健気に思ったディエゴは、いたわるように、その小さな背中に軽く手を添える。




