第七章 戦術指南
そして同じ頃、アシ号と交戦中に、大地のマテリア術による妨害を受けた駆逐艦に視点を移す。
駆逐艦の艦橋では、憔悴した顔の通信士が、伝声管を通じて発信された悲報を、艦長に伝える。援護したかった味方艦の座礁および撃沈だ。またしてもこの艦は、味方を助けることが叶わなかった。
艦長の近くにいた上級士官が口々に騒ぐ。
「敵方のマテリア使いが動いたか!」
「地震のみならず、あのような術まで使ってくるとは!」
ある士官が艦長に提案した。
「艦長。現時点におきまして、敵のマテリア使いが、次にどのような手を打つか定かではありません。後退すべきです」
しかし艦長は首を横に振る。
「駄目だ。我々は退路を塞がれている」
続いて操舵手が、冷や汗を流しながら発言した。
「いつどこで、あの怪物のような樹木が発生するか分かりません。下手に動けば、我々も味方艦の二の舞になるでしょう」
ミルコ聖人が発動させた『ジリョーニィ・バーシュニャ』は、今もなお猛威を振るっている。もはやこの海域は、いたる所に座礁しかねない罠が張り巡らされているのだ。
重苦しい緊張感が支配する艦橋で、艦長は口を開いた。
「だがそれは、敵の船とて同じこと。このまま砲撃を再開する。――砲兵隊へ伝令! 主砲、次弾準備」
この艦長はどうせ引き下がれないのであれば、敵の兵力を削ぐために、小型船アシ号を撃沈しようと考えているのだ。
砲塔担当の通信士が、伝声管で命令を送る。
「こちら司令部。主砲、次弾準備!」
砲塔内の砲兵たちはその指令を受け、真下の弾薬庫からせり上がってきた岩のように重い砲弾を、クールタイムが終わった主砲に装填した。目視による観測から、弾道の軌道の修正さえ終われば、いつでも射出できる。
砲兵たちは息巻いた。
「ハハ、カルチェラタンのチンピラどもに、我らが帝国海軍の恐ろしさを見せてやれ!」
敵軍の砲口がこちらを向いていると知らず、アシ号の甲板では。
プリムローズはさっそく、戦術指南役を引き受けたユージンに質問を投げかけた。
「ユージン先生。もし敵の船によって大きな攻撃を受けた場合、どうすればいいですか?」
「どうもできません」
「そんな……!」
ばっさりと切り捨てたような回答に、プリムローズとオリバーは面食らう。
ユージンは眉をハの字に下げ、困ったように笑った。
「あちらとこちらではあまりにも戦力の差が大きい。向こうの主力兵器が直撃したら、この船は確実に沈んでしまいますね」
「だから今、あの船を牽制するために、弾幕を張ってるんじゃないの」
タラッサが不満そうに唇を尖らせて会話に入った。アシ号は今、水兵たちがせっせと駆逐艦に向かって大砲を撃ち続けている。その威力は小さくほとんど敵艦に届いていないが、せわしなく撃ち続けることで敵艦の動きを鈍らせつつ、煙で観測手の視界を遮るのが主目的なのである。
ユージンは「うーん」と唸って目を細めると、片頬に手を当てた。
「申し訳ありませんが、それも時間の問題でしょう。敵は間違いなく、再び主力兵器を使います。『直撃』、すればおしまいです」
おしまい~! と少し離れたところから叫ぶミルコを、隣にいるディエゴがなだめる。
プリムローズは小首を傾げる。
「それなら、直撃しないようにするには、どうしたらいいかしら……? タラッサが言うには船は今、動かせないそうですし……」
彼女がそう独り言を呟いた途端、ユージンは少し口角を上げた。
「王女殿下。この船の周りをよくご覧下さい。よぉーく、両目を皿のようにして」
彼の言う通りに、プリムローズは周囲を見回した。
アシ号の左舷側には、敵の駆逐艦がある。その間を遮るように、マテリア術で発生した大木が連なっている。そして、アシ号から見て11時の方向に、遠のいていくカガミ号が見えた。
「あの船との戦いが始まったばかりのときと現在とで、何か変わったことはありませんか」
今度はユージンがプリムローズに質問した。彼女はとりあえず、真っ先に目を引いたものを挙げる。
「ミルコさんのマテリア術で生えた木、でしょうか」
ドワーフの医師はうんうんと頷いた。
「もう少し視点を引いてみましょう。あちらこちらに木が生えたことで、海の様子はどうなりました? 以前と変わったところはありませんか」
「海? えっと……」
さらなる質問にプリムローズは戸惑う。しかし。
「あ、そっか!」
傍らにいたタラッサは先に、その質問の意図を理解したようだった。彼女が正解を言ってしまわぬよう、ユージンは自身の口元に人差し指をかざして微笑んだ。
海面を凝視していたプリムローズは、恐る恐る答えを口にする。
「波が、荒れている……と、思います。大きな木が壁のようになってしまったから、押し寄せる波が、ちょっと高くなっているような?」
正解を導き出した女帝の卵にユージンは満足げな笑顔を浮かべ、丸眼鏡を指で軽く持ち上げた。
「その通りです。高くなった波を利用するのです」
「して、どのように?」
オリバーが尋ねると、彼はおもむろに、小さいながらも男性的な両掌を正面に差し出して裏返し、片方の手だけ手首を捻って傾ける。
「これは少しばかり工夫の要ることですが、当てたら大きいですよ」
「乗った!」
タラッサは食い気味に返事しながら、不敵な笑顔を見せた。




