第七章 ミルコ爆発
「ウゥ~、もうせンそウ、おしまいです!」
ミルコは不規則な船の揺れや、耳障りな大砲の音、見通しの立たない現状に、強い不安とストレスを募らせていた。もう我慢の限界だったのだ。ユージンに甲板に行くことを勧められ、退屈しのぎに来たのはいいが、期待していたような遊び道具など気を紛らわせるものが何もないので、パニックを起こしてしまったのである。
プリムローズは彼の様子に戸惑いながらも、なだめようとした。
「そうね、早くこの戦いを終わらせましょうね。ミルコさん、マテリア術で向こうにある船を止めてくれますか?」
だが、不穏状態の少年は聞く耳を持たない。
「うるさーい! ばかー!」
その場に座り込み、両手で耳を塞いだまま、頭を左右にブンブンと振る。
ディエゴは困惑したように眉をひそめ、ウゥ~と唸り声を上げるミルコを見つめた。
「これはもう、医務室に帰したほうがいいだろ……」
ユージンは「いやあ……」と、困ったように片頬を人差し指で掻く。
「医務室から飛び出そうとしたところに声を掛けたので、強引に帰そうとしたら、ますますパニックになりますよ」
その間も、ミルコは相も変わらず喚き続ける。
「せンそウは、みんな、ばかー!」
戦争に参加する者は皆、愚か。
「……深い……!」
「感心してる場合かよ!」
オリバーが彼の言葉を噛みしめ、しみじみと感慨に耽っていたのを、ディエゴがピシャリとたしなめた。
ミルコ・メッセンジャーはグランディーナ派において、いや、もしかすると何人も辿り着けないほど優れたマテリア術の才能を持っているものの、あまりにも本人の気質に難がありすぎる。
プリムローズはミルコの前に屈んで、半泣きに近い困り笑いを浮かべた。
「え~ん、ミルコさーん、お願いですから、マテリア術を使って下さいよお~」
彼女が拝むような気持でもう一度頼み込むと、少年は投げやりに言い捨てる。
「ジリョーニィ・バーシュニャ」
「うん? 今、マテリア術を唱えなかったか?」
ディエゴが気付いたのも束の間、大地のマテリア術は発動された。しかし、それはプリムローズたちが狙っていた標的に向かっての攻撃ではなかった。
タラッサたちアシ号の水兵と現在交戦中の駆逐艦ではなく、カガミ号を挟んで反対側の――賢明な艦長がシバルバー部隊を脱出させたほうの駆逐艦の船底に、海底から突然伸びた巨大な樹木が突き刺さったのだ。
それはあまりに一瞬の出来事であった。
まず初めに、駆逐艦全体を下から突き上げるような衝撃があった。
当該の駆逐は凄まじく揺れながら、制御不能の角度まで傾いていく。艦橋では備えられた手すりに掴まるもむなしく、転倒する乗組員が何人もいた。
「ぐわあッ!」
壁にぶつかって気を失う者もいた。
「クッ……!」
艦長は固定された椅子に掴まって、艦橋の震動に耐えた。
船底に穴が空いて、そこから海水が流れ込んでいるのである。浮力と重力のバランスが崩壊し、復原力が失われ、船はもう二度と元の角度には戻れない。
「障害物により、座礁している模様……。船底部から、通信はありません……」
額をぶつけた通信士が、顔から血を流しながら報告する。
「こちら司令部、速やかに持ち場から離脱せよ! こちら司令部……!」
別の通信士は伝声管に向かって、まだ生きているかもしれない船底部の乗組員へ発信し続けた。
すると、艦橋の床をミシミシ……と軋むような不快な音が鳴り響く。
「何だ、これは!」
乗組員のひとりが絶望しきった顔で、艦橋の窓を指差した。
窓ガラスに、巨大な樹木の枝が血脈のようにびっしりと張り巡らされている。やがてそれは沈みいく駆逐艦を、飲み込むように包みこんだ。
これでこの駆逐艦に乗っている者は、誰も逃げられなくなった。錯乱して海に飛び込むことすら出来ない。正気を保ったまま、じりじりと迫る死の恐怖と向かい合わなければならない。
いっそひと思いに、とどめを刺してほしい。そう望む乗組員もいたが、直接的な殺傷手段がないことが大地のマテリア術の特徴である。なにせアテラ教で最も他者への慈愛に満ちた宗派が、グランディーナ派なのだから。
沈みゆく艦と運命を共にすることを覚悟した艦長は、窓に絡んだ大樹の枝を見つめ、一笑に付した。
「なるほど。マテリア術とはこれほどの脅威なのか」
これは確かに、上層部が特殊部隊を作りたがるわけだと、彼は皮肉にも敵方のマテリア術を受けたことで納得した。
そして懐から手帳を取り出した。手帳には2人の人物の似姿が挟んである。彼の妻子の肖像画だ。彼にはクラァラと同い年の娘が1人いる。
「カルチェラタンの民よ……この戦いに勝者はない。しかし、より愚かな者が辛酸を嘗めさせられる結末となろう。それをわからずに挑んできたというなら……」
彼の最期の言葉を全て聞き取れた者は誰もいない。




