第七章 怒りのプリムローズ
(やみくもに命を奪う人は、絶対に許せない!)
プリムローズはそう思い至ると立ち上がろうとしたが、オリバーとディエゴはすかさず、2人とも彼女の前に手をかざして制す。
「今はご辛抱下されッ!」
「揺れがおさまるまで、じっとしてろ! 水軍の姉ちゃんたちの邪魔になっちまうから!」
「でも私、居ても立ってもいられないのです。今すぐ戦いたい」
この少女は基本的に道徳心があり、すこぶる温厚な気質だ。しかしその正義感の強さから、一度でも嫌悪感を与えてきた相手のことを敵とみなし、断罪しなければ気が済まないという激しい一面も併せ持っているのは、これまで何度も垣間見せていただろう。
今のプリムローズは日常から戦闘態勢へスイッチが切り替わっており、熾烈な感情が前面に押し出されている状態なのだ。
ディエゴは大きく口を開き、イノシシのような鋭い牙を露わにして、血気盛んになった少女を低い声で叱り飛ばす。
「馬鹿野郎! いま向こうの船に近寄ったら、タイホーで撃ち殺されるって分からないのか!」
「ディエゴ殿の言う通りであります。どうかご辛抱を!」
オリバーも彼に続いて諫める。
だが、いかついオークの青年に一喝されても、大剣を背負った騎士に説得されても、プリムローズには響かない。彼女は真剣みを帯びた凛とした表情で、ディエゴたちを見上げた。
「このままでは盾の人たちが死んでしまいます。自分の味方ごと攻撃してくるような酷い人たちを、指をくわえて見過ごすわけにはなりません!」
「死んでしまいますって……あんた、最初からそのつもりじゃなかったのかよ?」
ディエゴは怒りを通り越して呆れた。一瞬だけ脱力してよろめきかけたが、片膝立ちになって持ち直す。そして、プリムローズが立腹しているのは、せっかく捕らえた人質を無視されたからだろうかと、彼なりに分析した。
「たとえ仲間が人質にされたとしても、構わずタイホーをぶっ放す奴らだって、なかにはいるだろ。そこまで考えてなかったなら正直、アサハカってもんだぜ」
ディエゴは戦闘民族であるオーク族のいち戦士として、戦争について現実的というかシビアな考えを持っている。敵が仲間への情に厚い組織とは限らない。帝国海軍が人質ごと躊躇なく攻撃してくることなど、予想がついていたのだった。
「ディエゴさん、そうじゃないわ」
プリムローズの曇りなき飴色のまなざしが、ディエゴ一点に注がれる。
「人質とは、殺しても構わないけど、あえて生かしておく人間を指す言葉でしょう。人質と命の盾は違うものです。だって私、盾の人たちには生きていてほしいと、心から願っているもの」
ディエゴはぽかんと口を開けたまま、唖然とした。彼にはプリムローズの言うことが少しも理解できなかった。
それはオリバーも同じだった。
「申し訳ございませぬ。卑小な自分には、プリムローズ様のお考えが理解できませぬッ。警備隊をどうなさるおつもりか、詳しくお聞かせ願いたくあります!」
ただ、意外にも彼のほうが、深く踏み込むことに成功した。プリムローズ王女を10代の少女としか捉えていないディエゴと、臣下として仕えているオリバーの、スタンスの違いが出たと言えよう。
プリムローズは彼らの戸惑っているような反応に気が付くと、少し落ち着きを取り戻し、自分の想いを切々と語る。
「私が警備隊を火あぶりにするのを止めたのは、ただ焼け死ぬより私たちの盾となって、水軍の勝利に貢献することのほうが、彼らの罪滅ぼしになると思ったからです。……激しく動く戦艦に吊るされているんですもの。彼らのなかには当然、身体に重い後遺症を負って日常生活もままならなくなり、一生涯苦しむ人もいると思います。でも絶対、死んでしまっては駄目。カルチェラタンを破壊した罪を償う機会が、永遠に失われてしまうから」
ディエゴとオリバーはようやくプリムローズの考えを理解した。つまりこの王女はただ勝利を掴むためだけに、警備隊を盾にすることを提案したわけではない。警備隊をアシ号に括りつけて、砲弾が飛び交うさなか荒波に晒す行為を、彼らの「禊」としたのだ。
彼女が先ほど軍歌を唄う警備隊に涙を浮かべて拍手しても、決して引き上げようとしなかったのは、彼らの恐怖と苦痛がまだ贖罪に足りうるものではないと判断したためである。
しかしそれを理解したところで、ディエゴたちの困惑が解消するわけではない。特にディエゴは、彼女の暴走を止めるにはどうするべきか途方に暮れた。プリムローズがもし男子だったら、彼は間髪入れずに頬を引っ叩いただろう。だが相手は女子であり、自身は怪力のオークだ。力加減を間違えたら取り返しのつかないことになる。最悪、ビンタの勢いによっては、首の骨をへし折ってしまう。
人差し指の先で小突くのはアリか……? と悩むディエゴの傍らで、オリバーが先に発言した。
「プリムローズ様のお考えは承知致しましたが、やはりこのオリバー、騎士として人質――いえッ、命の盾ではなく、プリムローズ様の御身を最優先したくありますッ。戦況が激化している以上、危険ですから命の盾のことは諦めて下され! 後生であります!」
オリバーはプリムローズの考えを尊重していることを表明するため、「命の盾」という彼女の作った単語を用いて進言した。
それでもプリムローズは頑として首を横に振る。
「今ここで命の盾の人たちを見捨てたら、私は義勇十字団のような外道に落ちぶれてしまうわね……。オリバーは外道になった私に仕えられますか?」
ヌウ……とオリバーは唸った。騎士道を尊ぶ彼にとって、主君の腐敗を許せるかという、痛いところを突かれたのだった。
「ですが、この砲撃のさなかで、我々に出来ることは……」
途端に語気が弱まり、しどろもどろになってしまった。
唯一、プリムローズを止められそうなタラッサは現在、水兵とともに砲撃戦にかかりきりである。怒れる王女の手綱を引ける者はいないのか。
すると、今までプリムローズと同じく帆柱にしがみついて、ことの成り行きを静観していたユージンが口を開く。
「ほんならミルコさんにもう一度、マテリア術を使ってもらったらええんとちゃいます?」




