第七章 砲撃開始
小型船アシ号は荒波に揉まれながら、じりじりと駆逐艦に接近していく。目標の駆逐艦を観測している見張り台の水兵が、望遠鏡から顔を離し、声を張り上げた。
「射程圏内まで近づきましたぜ!」
タラッサは見張り台のほうを見上げて力強く頷くと、腰に手を当てながら胸を張り、甲板に立つすべての水兵に次の指示を出した。
「砲弾、発射用意! 皆、気合いを入れていくよ!」
「合点でぇい!」
「うおおおおー!」
水兵たちが雄叫びを上げるなか、ディエゴは無言のまま、柱にしがみついたプリムローズ王女とユージンを庇うように、彼女たちの前に立ち、遠くの駆逐艦を睨んだ。
オリバーはプリムローズの隣に控え、いつでも背負った剣を抜けるように待ち構える。またプリムローズ自身も、ユージンから貰った炮烙火矢を抱えながら、戦いに備えていた。
対する駆逐艦側も方向転換を完了させ、アシ号を迎撃する準備を整えていた。
「小型船との距離、およそ40を切りました!」
通信士から敵の接近を告げられるも、艦長は冷静に命令を下す。
「主砲、撃ち方用意」
「砲兵隊、主砲、撃ち方用意!」
通信士のかすかに上擦った声は伝声管を伝い、砲塔内の砲兵へと送られる。砲兵たちは速やかに弾薬を装填し、砲口の照準を小型の船に合わせた。
アシ号と駆逐艦。ふたつの船が、海の上で向かい合うように進む。それはさながら、ガンマンの撃ち合い対決直前のような、ひりついた緊張感をほとばしらせた。
いよいよ互いが互いの射程圏内に突入する。
アシ号の若き船長と、駆逐艦の艦長は、ほぼ同時に叫ぶ。
「撃てーッ!」
「撃て」
砲撃戦の火蓋が切って落とされた。砲口から射出される砲弾の、ドォオオオン! という轟くような発射音は、灼熱の温度をまといながら潮騒を搔き消していく。
アシ号と駆逐艦の艦砲は種類が異なるので、戦法も変わってくる。駆逐艦の大口径主砲のほうがアシ号のそれより格段に威力と飛距離に恵まれているものの、一発撃つごとの衝撃や熱によって砲台が焼損するのを防ぐため、一定時間のクールタイムを要する。
それゆえに敵艦へ向かって主砲を一発発射した後は、クールタイムが終わるまで蒸気機関の機動力を生かして距離を空けつつ、副砲で牽制する戦法を取る。
一方、アシ号は小型船ゆえに威力の劣る軽量の砲台しか設置できないが、小回りが利くので速やかな照準の設定が可能であり、複数台で撃てば弾幕を張りやすい。格闘家に例えるなら、相手の懐に潜り込んで俊敏に小技を繰り出し、反撃の隙を与えないフライ級ボクサーのようである。
駆逐艦の主砲を回避し、クールタイム中にどれだけ被弾させることができるか、それがアシ号の勝利の鍵となるだろう。逆に言ってしまえば、主砲の砲撃が掠りでもしたら一巻の終わりだ。
アシ号はまだ敵の砲弾の直撃を免れてはいるものの、手前で落ちた砲弾の衝撃により発生した荒波にすら、船体を大きく揺らしていた。
帆柱にしがみつくプリムローズは、肩幅まで両足を開き、スクワットをするように腰を落として身を低くした。
「フンッ!」
まるで己が運命のように険しい波の揺れに耐える。そんな王女を、甲冑の騎士は頭上から覆いかぶさるように守る。
「そのまま、しっかりお掴まり下さいッ!」
プリムローズは文字通り鉄壁の隙間から、甲板の縁を囲む欄干の下より、絶え間なく響く悲鳴を耳にした。
「ぎゃああああ!」
「命の盾」として左舷と右舷に吊るされている警備隊の兵士たちは、息ができぬほど凄まじい勢いで船体に全身を叩きつけられ、バシャアアッと爆ぜるような波飛沫を頭から浴びせられる。
「うわああああ!」
「ぐはっ!」
前述したとおり、当該の駆逐艦は、人質となった警備隊ごとアシ号を攻撃すると判断を下したのだった。
プリムローズは、命の盾となった同胞に無遠慮な駆逐艦に対し、きわめて強い義憤を覚えた。
(そんな……仲間を巻き込んででも、私たちを攻撃しようだなんて酷いわ! なんて冷酷な人たちなの……!)
そもそも彼女が警備隊を命の盾にしたことが、今の彼らに苦痛を与える原因なわけだが、そのような些細な問題は彼女の思考の範疇にはない。
捕らえた敵を盾にすることより、味方を切り捨てることのほうが、プリムローズにとってはずっと罪が重いのだ。
(やみくもに命を奪う人は、絶対に許せない!)




