第七章 勇む少女たち
憤怒のタラッサは拳を握り込み、ますます声を張り上げる。
「総員! カガミ号の右舷に張り付いてる船をブッ叩くよ。挨拶代わりに砲弾をお見舞いして、乗り込んでやるのさ!」
「合点でぇい!」
水兵たちは砲台を動かして、目標の駆逐艦に標準を合わせる。
「迂回して敵の後ろを取り、外輪を破壊するよ! おもぉぉおおおおかじいいいい!」
「あいよ、面舵!」
操舵手は若き船長に従い、右に舵を切った。
しかしアシ号に狙われた駆逐艦は、すでにその動きを観測していた。
「艦長、9時の方向から小型船が接近しています!」
「小型船、現在7時に方向転換した模様!」
艦橋の通信士が見張り台からの報告を送る。
「向こうの援軍か」
椅子に座る艦長は煩わしそうに表情をしかめる。
「生意気にも、こちらの背後をとるつもりか……。目標の中型船に砲撃しつつ、取舵をとれ」
彼にはアシ号の次の一手が読めていた。
するとさらに別の通信士が、新たな報告をした。
「か、艦長! 接近中の小型船は……人質を取っているようです! 船体に警備隊らしき兵士がおよそ40名、磔にされているのが確認されています!」
艦橋全体がどよめいた。この艦は初動の段階でマナシカタマ号、ひいてはアマノトリ号の攻撃に向かっていたので、アシ号の命の盾のことを今まで認知していなかったのである。
「蛮族が」
多くの乗組員が青ざめる中で、艦長は吐き捨てるように呟いた。
この駆逐艦の艦長は、マナシカタマ号の捨て身の火攻めを目の当たりにしている。理屈の通じない相手と戦っていることを改めて痛感させられた。
深く溜め息を吐いた後、断腸の思いで次の指令を下す。
「……人質は助けられそうにない。だが犬死にもさせない。鬱陶しいコバエから叩き潰すか。方向転換が完了次第、小型船に狙いを定めよ。カルチェラタンの野蛮人どもに鉄槌を下す!」
こうしてこの駆逐艦は、中破状態でいつ沈んでもおかしくないカガミ号から、小回りの利きそうなアシ号に狙いを切り替えた。一時的に挟撃の包囲を解いたのである。
カガミ号はその隙にじりじりと後退を始めた。だが、シバルバー部隊を脱出させたほうの駆逐艦が、粘り強く砲撃を仕掛けてくる。
砲弾が船体の手前で海面に落ちたときの水飛沫が、ザバァッと甲板を濡らす。
「お嬢が奴さんを相手してる隙に、さっさと引きましょうかね」
水兵のひとりが冷や汗をかきながらそう言うと、ゾーイはふぅ、と呆れたような顔で溜め息を吐いた。
「馬鹿だよ、あの子は……。後でお説教だ」
こりゃ手厳しい、と言わずに水兵たちは目配せして、苦笑したり肩を竦めたりした。
カガミ号の右舷側に張り付いていた駆逐艦が方向転換するのが、アシ号側からも確認できた。
「どうやら奴さん、こっちの動きを読んでますぜ」
水兵の報告に、タラッサは逸る気持ちを表すように、両手を腰に当てる。
「じゃあ至近距離まで寄って、すれ違いざまに砲撃をかまそう」
血の気の多い提案に、水兵たちは表情を緩ませた。
「はは、お頭に似てきましたね」
彼女はサイドテールにまとめた黒髪を揺らしながら、プリムローズへ振り返る。
「プリムラ、これから結構揺れるから、どっかに掴まって姿勢を低くして!」
「はいっ!」
プリムローズは素早い動きで、船の柱にしがみつくように掴まった。その柱の反対側から、ユージンがひょこっと顔を出した。
「王女殿下、今のうちにこちらをお渡しします」
そう言って麻袋をプリムローズに手渡す。袋はずっしりとした重みがあり、中を覗くと飾り気のない素焼きの、拳くらいの大きさの球体がいくつか入っていた。
「これは何ですか?」
ユージンは眼鏡の奥の目を光らせる。
「炮烙火矢といいまして、ドワーフ族に古くから伝わる投擲武器です。容器に括りつけられた導線に火を点けますと、中に入っている黒色火薬が爆発します。帝国軍の最新兵器に比べれば威力は劣りますが、爆発した際に容器の破片が刺さるといった、必要最低限の殺傷能力が見込めます。全部で3個ありますので、必要に応じてお使いください」
まぁ、新しい武器だわ……! と、王女は嬉しそうに感嘆の声を漏らす。
「このまえお貸ししたエレクトリック・ボウはお持ちで?」
「もちろんです」
ユージンに訊ねられたプリムローズは己の背中を見せた。今まで赤みがかった金髪に隠れていた、背負っている小型のボウガンを見せつける。
「ではこの焙烙火矢と合わせて、ぜひ護身にお役立て下さい」
「ありがとうございます、ユージンさん!」
エレクトリック・ボウと焙烙火矢。この儚げで華奢な少女はこれらの武器によって、自分を守らねばならないのだ。しかし、その表情は不安のなかに言い知れぬ高揚感のようなものがあり、運命に立ち向かう者の眼をしていた。
「私、絶対生き残ってみせます……!」
現状、プリムローズ王女の生存するために果たさなければならない条件は、接近中の駆逐艦に勝利することだ。彼女自身にそこまでの意図がなかったとしても、つまりは勝利宣言をしたのである。
ユージンは彼女の飴色の闘志に当てられ、ぞくり、と肌を粟立たせる。細められた焦げ茶の目の奥で、もっとプリムローズに武器を与えて強化させてしまいたい、という欲求を募らせたが、それを密かに鎮める。
「……どうかご武運を、王女殿下。貴女様は将来アルカネットにもベリロナイトにも、必要な御方なのですから」
(いうてプリムローズ王女はまだ『卵』や。この手で孵したるで、女帝の卵をな……!)
彼のプリムローズに対する感情は、義理人情というには打算的であり、かといって野心にしてはやけに献身的で、戯れにしては真剣味が過ぎる。




