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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第七章
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第七章 シバルバー部隊、戦線離脱


「撃てぇーッ!」

 対するカガミ号も、砲撃を開始した。

「弾幕を張りなッ!」


 ヒュドォオオオオン! ドォオオオン! という絶えず繰り返される砲撃音を背中越しに浴びながら、小型人力船は波に揺られて駆逐艦から離れていく。しかし爆風で波が荒れ狂うこの海を、オールで漕ぎ進むだけならば、船は戦線から離脱できないだろう。

「うわああああ!」

 揺れる船の上で怯え、うずくまる者もいた。

 


 クラァラは再びメアリックへ振り向く。

「メアリック、さっきの結界を発動させて、細長い『筒』状に変形できないかしら」

 何かを思いついたようだ。

「お安い御用だ」

 メアリックは耳飾りを着け直しながら、皮肉を込めて苦笑する。駆逐艦の結界を、たった今解除したばかりだというのに。

「ブレン、貴方も来て」

 クラァラは背後のブレンを、振り返りざま顎で指した。3人は船尾に立つ。


「クリスタリン・バスティオン!」

 まずメアリックは水のマテリア術を応用して、クラァラの言った通り、長さが2メートル以上ある、ストローのように中心が空洞になっている筒状の結界を編み出した。

 そして手動によって、筒状の結界を海面へチャポン、と下ろし、マテリア術で船尾に固定した。しだいに筒の中は、海水で満たされていく。


 次にクラァラとブレンが並んで立ち、筒状の結界へ手をかざす。

「フレイマ・ダンツァトリーチェ!」

 2人同時に炎のマテリア術を発動させた。彼らの両手から、まるでガスバーナーのように、ボウッと火が点いた。


 炎の熱によって筒の中の海水の温度が上昇し、沸騰(ふっとう)する。水は沸騰すると、水の中の分子が熱エネルギーにより激しく動き回り、膨張(ぼうちょう)する。


 膨張した筒の中の海水はまるで水鉄砲のように、筒の外――海中へ押し出される。そのとき、筒の中の温度と圧力が一時的に下がり、また海水が筒の中に吸い込まれていく。


 熱し続けることで筒の中の海水は、膨張して海中へ押し出されたり、減圧された筒の中にまた吸い込まれたりを、何度も何度も繰り返す。膨張した海水は押し出されても筒の中に戻って来るので、筒が空になることはない。


 すると筒の中の海水が押し出される際に、物体が前へ進もうとする力――推進力(すいしんりょく)が生まれる。この推進力によって、小型人力船の船がまるで犬かきでもしているように、みるみる進みだしたのだ。

 このように海水で満たした筒を熱し、海水を押し出して進む方法は、現代でいうとポンポン船という玩具の仕組みに近いだろう。

「これはいいぞ!」

 乗組員たちは人力船が推進力を得たことに喜び、オールを漕ぎ続けた。

 


 クラァラは筒状の結界を熱しながら、遠ざかる駆逐艦を見つめた。駆逐艦と水軍の中型船は、砲撃を続けている。

 彼女はブラウンの瞳を曇らせ、あの中型船を自分のマテリア術で燃やすことができたらいいのに、いや、水のマテリア使いに打ち消されてしまうだろうか……と、何度も頭の中で堂々巡りする。

(今の私には何もできない……)

 功名心も確かにあるが、それよりクラァラの胸の内では、あの質実剛健な艦長の乗る駆逐艦を助けたいという、人としての情けが勝った。


 すると、ブレンが彼女に声をかけた。

「艦長の言う通り、次の戦いで絶対に奴らをやっつけようぜ」

「あ、当たり前よ!」

 後ろ髪を引かれる思いを隠すように、つっけんどんに言い返すクラァラであった。


 そのときである。


「おい、船が見えたぞ!」

 人力船に乗っていた誰かが叫ぶ。


 味方の船だ。小型人力船の前方に、1(せき)の駆逐艦が向かってくる。

 人力船の乗組員は、両手を挙げて喜んだ。

「やった、味方の艦が来たんだ!」

「これで助かるぞ!」


 それは先ほどマナシカタマ号に砲撃して、味方の艦を焼失させる結果を招いてしまった駆逐艦だ。支援要請の信号を受けて、こちらに来たのである。この艦は奇跡的に、ほとんど無傷の状態である。

 その艦橋で、通信士が艦長に報告する。

当該(とうがい)駆逐艦、現在、敵と交戦中」

 艦長はすかさず命令を下した。

「本艦は味方を支援する。敵の後方に回り、挟撃(きょうげき)せよ」


 新たな駆逐艦が接近していることは、カガミ号からも目視できた。

姐御(あねご)! 敵の船がもう1個、近づいて来ます!」

 見張り台の水兵が叫んだ。

 ゾーイはチェッと舌打ちする。

「2隻で挟み撃ちにするつもりかい。そうはさせないよ。撃ちながら後退しな!」

 カガミ号はじりじりと後退するが、新たな駆逐艦のほうがスピードが速い。このままでは包囲されるのも時間の問題だ。


 とうとう駆逐艦の砲弾の射程圏内まで、距離を詰められてしまった。カガミ号から見て右舷に近づいた駆逐艦は、砲塔を回転させる。

 ヒュドォオオオオン! と、砲台から発射された一発の弾丸は、カガミ号の右舷に命中した。


 カガミ号はもはや中破状態である。被弾した衝撃で甲板は振動した。ゾーイは柱に身体を強打し、左肩を抑えてうずくまった。

「姐御ぉ!」

「……これしきで狼狽(うろた)えるんじゃないよ。さっさと弾幕を張りな。警備隊から、かっぱらったのがあるだろう」

 ゾーイは気丈に振る舞うが、こめかみから冷や汗を流し、肩を抑える手を放すことはない。重傷を負ったようだ。


 僧侶のバルトルトは、(しゃく)(じょう)を支えにして、なけなしの力で立ち上がった。この船を守るために、彼は自身を犠牲にしてでも、マテリア術を使うつもりなのだ。

「……ッ、クリスタリン、バスティオン……!」 

 だが、水のマテリア術は発動しなかった。錫杖は白い光を放つことなく、何も起こらない。マテリア要素を術に変換できないほどに、彼の体力が底を尽きたということなのか。


 いや、違う。

 バルトルトはわずかに、口角を上げた。


 その頃、小型人力船は熱狂に包まれていた。

「よっしゃ、水軍の船が沈みそうだぞ!」

「俺たちの勝ちだ!」

 ところが湧き上がる歓声の傍らで、水のマテリア使いだけが何故か全員、絶望したように顔を青ざめていた。それは船尾に立つメアリックも例外ではない。


 彼は唐突に、筒状の結界を解除してしまったのである。

「ちょっとメアリック、どうしたというのよ……ヒッ!」

 クラァラは眉をひそめて抗議しかけた。しかし今まで見たことのない、メアリックの鬼のような憤怒の表情を目にすると、思わず小さな悲鳴を上げて口を閉ざす。


 メアリックは中性的な顔立ちをした繊細な外見の青年だが、普段の面影がないほどに顔中を(しわ)くちゃにさせ、歯茎を剥いて、フーフーと息を荒げながら激昂している。

「……こんな、こんなに空気読めないことってある……? 馬ッ鹿じゃないの……今このタイミングで来てんじゃねぇよ、反戦主義のグランディーナ派がよぉッ……!」

 マテリア術を解除したのではない。打ち消されたのだ。

「なに、土属性!」

 ブレンは遠くへ振り返った。


 水平線の彼方に、小さな船影が見えた。それは、水軍頭領の娘タラッサの乗るアシ号である。

 アシ号は白兵戦部隊を片付けた後、カガミ号が挟み撃ちにされているのを確認し、『命の盾』をぶら下げながら助けに来たのだ。

 怒れるタラッサは声を張る。

「お母さ……カガミ号を助けるよ!」

「うおおおおおおお!」

 アシ号の水兵たちは船長に応えるように、勇ましく雄叫びを上げた。


 甲板に立つプリムローズも真剣な眼差しで、オリバー、ディエゴ、ユージンと視線を交わす。

「私たちも、ひとりは皆のために、皆は勝利のために頑張りましょう!」

「はっ!」

 オリバーは力強く返事した。白兵戦を終えて汗だくのディエゴは、逆立てたオレンジ色の髪を掻き、やれやれと溜め息交じりに苦笑する。振り返ると、プリムローズ自身はまだこの海戦で何もしていないが、自分が出張っていれば、彼女が戦いで傷付くことはあるまいと、複雑な心境を抱えながらも観念する。

 ユージンは何も言わず、ただ目を細めて、人の好さそうな微笑みを浮かべていた。


 プリムローズの飴色の輝く瞳は、カガミ号を襲う駆逐艦を真っ直ぐに捉えている。この先の『来たるべき戦い』を見据えていた。



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