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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第七章
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第七章 イワフネ号撃沈


 水のマテリア使い――バルトルトがカガミ号に乗っていることを、シバルバー部隊に知られてしまった。


 海原に沈みゆく水軍のイワフネ号を背に、隊長のクラァラは腰に手を当てて胸を張る。

「そうと決まれば、マテリア使いの乗る船を沈めましょう。元の作戦通り、どこかの船に火を点けて、あの水のマテリア使いの船をおびき寄せるの。2(せき)まとめて攻撃するわ。それならどこかの船にいる、土属性のマテリア使いへの牽制(けんせい)にもなるはず」

 勝ち筋が見えたことにより、彼女の表情に僅かながら余裕が生まれた。


 ブレンも先程より明るい顔つきになって、意見を述べる。

「土属性のマテリア使いなら大型船に乗ってるんじゃないか? 向こうにとっては切り札みたいなものだろうから」

 残念ながらその予想は外しているが。

「大型船を燃やして、土属性も潰そうぜ」

「あのね。この駆逐(くちく)(かん)の状態を考えてくれる? そんな遠くに移動できないわよ……」

 ブレンとクラァラが言い合いを始めそうになった、そのとき。


「マテリア術の結界は、あとどれくらいもつ?」


 艦橋(かんきょう)にいるはずの艦長がやってきた。水の結界に守られているとはいえ、すぐ近くで敵の砲弾が結界にぶつかっているというのに、その様子は何でもないように泰然(たいぜん)としている。


 クラァラとブレンが両腕を交差させてアルカネット式敬礼をすると、艦長は片手を軽く振って、敬礼する2人の腕を下ろさせた。

 

 艦長の問いに答えたのは、今もなお結界を発動させているメアリックだ。

「もう1時間はもちません。あと40分、いえ30分が限界です」


 艦長は「そうか」とぽつりと呟くと、甲板に立つ自身の靴先を見るように、しばらく目を伏せた。その後、何かを悟ったような顔を上げる。

「……シバルバー部隊は水のマテリア術を解除し、速やかに他の非戦闘員と避難ボートに乗って、脱出せよ」


 その瞬間、場の空気が凍った。


 クラァラは首を横に振る。

「この艦はどうなるのです!」

「どうにかする。砲兵隊にはすでに伝達済みだ。諸君らが脱出するまでの時間を稼ごう」

 シバルバー部隊を戦線離脱させようとする艦長に、ブレンは反論した。

「そんな……艦長は我が部隊を、目の前の敵から逃げた腑抜けにさせるおつもりですか! 我々はこの艦の乗組員と共に、命を懸けて戦います!」


「馬鹿者が」

 艦長はそう一喝したが、厳しい言葉に比べ、その声は穏やかであった。糾弾しているのではなく、若年者を諭すような口調で話を続ける。

「身の程を(わきま)えろ。君たちのような特殊技能を持った兵士が全滅しては、こちらの戦力が大幅に激減する。命懸けの特攻なんぞ、ベリロナイト人でもあるまいし。今どきの若者がそんな真似をするな」

 そして彼はクラァラのほうへ振り向いた。

「大尉よ。部隊を率いる隊長として、なんとしても生き残り、奴らとの再戦を果たせ。良いな」


 この駆逐艦の艦長は、自分の艦の敗北を悟り、長期的な視野で次なる戦闘を見据え、シバルバー部隊を生かそうとしているのだ。

 そして自身は、この艦と命運を共にする覚悟なのだ。


 まだ大した手柄を立てていないことに焦っていたクラァラだったが、艦長の真摯(しんし)な説得に胸を打たれた。

「……了解!」

 2回目の敬礼は心からの敬意を示していた。そして自分の部下たちに命令を下す。

「全員、撤収……。ハイドロディウス派の隊員は、合図を送ったら、水の結界を解除してちょうだい」

 こうしてシバルバー部隊は、水軍の中型船を撃沈させたという戦績を上げたものの、撤退を余儀(よぎ)なくされた。


 一方、撃沈を免れたカガミ号の水兵たちであったが、目の前でイワフネ号が沈没していくのを、暗澹(あんたん)たる思いで見つめた。

「イワフネ号がやられた……!」

「なんて酷いことをしやがる……! 許せねぇ……!」

「……イワフネ号の皆の代わりに、アルカネット人が死ねばいいんだ」

 ひとりの呟きに大半の者が同意する。

「そうだそうだ、アルカネットのクソッたれェッ!」

「アルカネット野郎を引き裂いて、ひとり残らずサメの餌にしてやろうぜ!」

「ボケカスのアルカネットがぁ、お前らは故郷(くに)のおっかさんに二度と会えねぇからな!」

 悲しみを怒りに変換したような涙交じりの罵声が飛び交う甲板の上で、バルトルトだけは状況を冷静に分析していた。

「……拙僧(せっそう)の存在が、向こうに見破られたかもしれぬ」


 住職の言葉の意味を、ゾーイは瞬時に理解した。つまり敵は次にこのカガミ号を沈めるつもりだろう、と。駆逐艦を今すぐに撃沈しきらなければ、この船が危険に晒される。

「ありったけの砲弾を用意しな。大砲のキスを、あちらにお返ししてやろうじゃないか」


 彼女の命令を受けて、仲間の死に荒ぶる水兵たちは、涙を腕で強く拭うと、さっそく砲撃の準備に取りかかった。

「うおおお、イワフネの仇だぁ!」

「死ねアルカネット!」

 カガミ号の船体は先程のメアリックの攻撃で、大きなダメージを負っている。これが敵に損傷を与える最後のチャンスになるだろう。


 しかしながら、駆逐艦の砲兵隊も応戦の準備を整えていた。

「みすみす敵の攻撃を許すな!」

「最後まで、帝国海軍としての矜持(きょうじ)を忘れるなよ!」

 砲兵隊の兵士たちもまた、この攻撃が最後の大仕事になることを悟っていた。

 主砲の砲塔(ターレット)が回転し、カガミ号に砲口が向けられる。


 その間、シバルバー部隊および軍属の非戦闘員――整備士、衛生兵、調理師、倉庫番、清掃人などは、避難用の小型人力船に乗り込んだ。

「全員乗ったわね?」

 クラァラは、乗り遅れた非戦闘員がいないか確認した。部下の迅速な対応によって、避難者は全員、小型船への搭乗が完了したとの報告を受ける。

そして重い唇を開いて、言い放った。

「……ハイドロディウス派の兵士は、結界を解除しなさい」


 直後、メアリックを筆頭に、水のマテリア使いたちが一斉に『クリスタリン・バスティオン』を解除した。

 駆逐艦を覆っていた円形の結界が、フッと煙のように跡形もなく消える。その直後に、砲塔は弾丸を吐き出した。


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