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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第七章
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第七章 同門対決Ⅱ


 バルトルトの技量では、強化マテリア術で生成された『水刃(すいじん)の槍』を抑えきれない。光る大蛇(おろち)はとぐろを巻いて迫りくる。


 何としてもカガミ号に直撃するのだけは避けなくてはならない。バルトルトは歯を食いしばり、震える両腕で重い(しゃく)(じょう)を左へ動かした。

「……フンッ……!」

 数十秒間に2、3センチ進むか進まないかの微かな動きである。すると大蛇の頭が波の防壁に突き出たまま、ズズズ……と左へずれた。錫杖の動きに従っている。


 バルトルトは海中の水マテリア要素を微調整しながら波を手繰(たぐ)り、波ごと『水刃の槍』の軌道を変えようとしているのだ。なおマテリア要素の調整を、体系的に言語化したものを「術式」という。


 だが住職の考えは、同じ属性の術者であるメアリックに筒抜けであった。

「おっと、そうはいかない」

 彼は耳飾りを持ったままクイッと手首をひねり、バルトルトの『ホーリィ・ウェイヴ』に抗う。すると光る水の大蛇は、錫杖の向きとは逆のほうへ戻ろうとした。

 簡単そうにやっているが、並の術者なら反動で手首を捻挫(ねんざ)してもおかしくない荒業だ。


 メアリックは今、相手が調整したマテリアの術式を、自分の術に都合がいいように改竄(かいざん)している。現代に例えるなら、コンピューターのプログラムを書き換えるハッキングのようなものだ。


 バルトルトは眼前の『水刃の槍』に押し負けないように耐えた。

「ぐおお……!」

 丸めた頭から幾筋もの汗を流しながら、まるで釣り針にかかった魚のように抵抗する。せっかく調整したマテリア術式を、敵方のメアリックが尋常ではないスピードで改竄しているのだ。住職はそれをさらに修正していく。


 『水刃の槍』と『ホーリィ・ウェイヴ』は攻防を繰り返し、マテリア術がぶつかり合う影響で、水軍のカガミ号とイワフネ号の船体は何度も強い波に当てられた。


 激しく揺れるカガミ号の甲板の上で、水兵が帆柱(マスト)にしがみついて叫ぶ。

「ゾーイの姐御(あねご)、どっかに掴まってください!」

 分かってるよ、と頭領夫人は身を屈めて欄干(らんかん)を掴んだ。そして欄干の隙間から敵のじわじわ迫るマテリア術をひと(にら)みする。

「方向転換してみたけど、こんなに波が荒れてると、あの変な水鉄砲の射程範囲外まで離れることはできなさそうだね」

 カガミ号は今、シバルバー部隊の乗る駆逐艦と垂直になるように並び、船尾を向けて反転している状態だ。味方のイワフネ号とは波によって半包囲の陣形が崩れ、距離も離されており、お互いすぐに援護できる状況ではない。


「最悪、船が木っ端微塵にならなきゃ全部かすり傷さ。――そうだろう? 和尚(おしょう)さん」

 ゾーイは冗談めかすような口調で言い放つと、近くにいるバルトルトへ不敵な笑みを向けた。その言葉には、強いプレッシャーを与えられた彼の緊張を和らげる意図があった。

 一方で、どんな結果になろうと、最悪の事態でなければ全て受け入れる覚悟はできている。そういった彼女の決意の表明でもあった。 


 ゾーイらしい肝の据わった発言に、バルトルトは背中越しにフッと小さく笑う。滝汗を流しながら、重い錫杖をふたたび左へ振るった。

 しかしすぐにまた、左に引っ張られた大蛇の首は、ズイッと右を向いた。驚くべき反応速度だ。やはり敵の術者はかなりの手練れだ。それに加え、強力な術を惜しげもなく長時間にわたり発動できるほどの、体力のある青年期の若者だろうとバルトルトは予想した。


 術者としての素質も体力も向こうのほうが上だ。そんな相手にどのように立ち回ればいいのか。

「……」

 バルトルトはもうしばらく、波を操って『水刃の槍』と押されては押し返し、押されては押し返しを繰り返した。全力で押し返すことはできなくても、絶対に押し出されないように踏ん張る。


「……しつこいなあ、何をそんなに(ねば)るのか」

 勝利を焦るメアリックは、汗で前髪が額に張り付くのを鬱陶しそうに払いながら、『ホーリィ・ウェイヴ』という障壁を突破するのに執心した。

 旋回する水の大蛇が、ねじきりで抉り込むように波の壁に風穴を開ける。

 

 そのとき。


 バルトルトは突然、『ホーリィ・ウェイヴ』を解除した。不自然に高まっていた波が急に雪崩(なだ)れるように広がり、カガミ号とイワフネ号は煽りをくらって大きく揺れる。


 障壁を失った『水刃の槍』は、勢いのついたままビュンッとカガミ号の船尾を通過して、雨粒のような水飛沫を飛ばしながら、水平線まで飛んで行った。その余波で甲板や帆柱の一部がバキバキィッ! と、()ぎ落とされたものの、カガミ号は直撃は免れた。


「え……?」

 カガミ号の戦々恐々としていた水兵たちは、一瞬何が起きたかわからず呆然とした。ちょうど『水刃の槍』の軌道に沿うように削り取られ、建材がむき出しになった甲板や、へし折れた帆柱、歯抜けの欄干を、ぽかんと口を開けて見つめている。

 もっと大きな被害、撃沈すら覚悟していたので拍子抜けしたのだった。


「うぅ……」

 力を使い果たした彼はその場で膝をつき、ガクッとうなだれた。甲板の床に汗が滴り落ちる。

「和尚さん、大丈夫かい?」

 ゾーイと水兵が彼に肩を貸して一時的に立ち上がらせると、柱にもたれかけさせる。

「ただの力比べでは拙僧に勝ち目はない。押して駄目なら引いてみよう……と」

 バルトルトは汗だくになりながら、力なく言葉を発した。錫杖を持つ手が上がらないほど消耗しきっている。


 敵の術者を若者だと踏んだバルトルトは、若く強力な術者にありがちな万能感ゆえに浅慮になる心理を利用するために、防御一辺倒から駆け引きに持ち込んだのだった。あえて押して押されの単調な攻防を繰り返して、油断させたところで一気に相手のペースを乱したのである。

 メアリックの『水刃の槍』は、勢い余って弾道がずれ、目標から逸れてしまったのだ。それはまるで、目の前の相手を殴ろうとしたら、相手に腕を引っ張られて前方の壁に突っ込んでしまった人のように。


 ゾーイはいたわるように彼の肩にポンと手を置いた。

「ありがとう、おかげで助かったよ。しっかり休んでおくれ」


 ゾーイが船の方向転換を指示しなかったら。バルトルトが敵をうまく誘導してホーリィ・ウェイヴを解除しなかったら。今頃、この船に乗る全員が死亡していただろう。


 カガミ号は小破してしまったものの全員無事だったので、甲板では安堵のため息がもれ、口笛と歓声が起こった。


 ところが。


 ズバァアア、バシャアアン! と、水風船が弾ける音をかなり大きくしたような、派手な破裂音が歓声を掻き消す。


 水兵のひとりが凍りついた表情で、遠くを指差した。

「い、イワフネ号が……」

 その場の誰もが、彼が指差した方向に注目する。


 味方の中型船イワフネ号が、船体に左舷(さげん)から右舷(うげん)まで貫く大きな風穴がぽっかりと開き、沈んでいくのが見えた。

「このままじゃ船が沈没する!」

「早く逃げろ!」

 イワフネ号の水兵たちは、自分の置かれている状況を把握できていないまま、半ばパニック状態で離脱用の小舟を下ろしている。


 バルトルトは信じられぬとばかりに目を見開いた。

「……軌道が逸れたのではなく、『戻ってきた』というのか……? 一直線にしか進まぬ『水刃の槍』が、そのような動きをする筈がない……」

 精彩を欠く表情で独り言ちた後、ハッと何かを察したように駆逐艦のほうを見遣る。

「まさか……同じ術を二度、発動させていたのか!」


「1発目は外したが、2発目は命中したようだ」

 駆逐艦の甲板でメアリックはほくそ笑んだ。その両手には水晶の耳飾りが1個ずつ乗せられている。そう、耳飾りは2つある。彼はマテリア術の媒介を2つ所持しているのだ。

 そしてクラァラとブレンに振り向く。

「つまり1発目に狙ったほうの船に、水のマテリア使いがいるよ」

 バルトルトはカガミ号を守ったために、己の所在を彼らに見破られてしまった。



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