第七章 同門対決Ⅰ
シバルバー部隊メアリックと、ハイドロディウス派本山からの僧バルトルトによる、水のマテリア使い同士の正面対決が勃発した。
メアリックの放った水の螺旋を描く光の球は、押し寄せる波に向かって一直線に突進した。ザブァアアアッ! と激しく海面を削り、水飛沫を散らしながら波の中へ押し入る。
ブクン。
荒波の中で旋回する巨大な渦が発生した。渦の中心で白い光が輝く。
それはまるで波の中にぽっかりとトンネルが空いたかのように、水軍の船からは見えた。そのトンネルがじわじわと拡張されていく。つまり、光の球が波を破り、こちらに迫りつつあるのだ。
「クッ……!」
バルトルトは光の球体へ錫杖の先端をかざしながら、極限まで顔をしかめた。両腕で握る錫杖の柄が重い。肩が軋み、背後へ押し出されるような感覚がある。足の踏ん張りがきかなくなりかけたのを耐えた。それほどまでに、メアリックのマテリア術が強力なのだ。
対するメアリックも、掌に載せた水晶の耳飾りで『水刃の槍』の手繰って、バルトルトの作った『ホーリィ・ウェイヴ』という名の防衛網を搔い潜るのに苦戦していた。焦燥感に駆り立てられ、眉間にしわを寄せる。
「向こうもなかなか、腕が立つようだ……!」
苦戦の理由として、バルトルトの術者としての実力が高いのもあるが、メアリックは『クリスタリン・バスティオン』を発動させながら『水刃の槍』も放つという2つの術を同時に使っているため、身体的な負担が大きいのだ。
もしも全く同じ条件下で2人を対決させたなら、メアリックに軍配が上がるだろう。
海上という水のマテリア要素が豊富な環境でも、それを操る術者自体の集中力や体力が無尽蔵になるわけではない。
メアリックの耳飾り――媒介とは、例えるなら水を汲み上げるポンプである。ポンプを起動させるためのモーターが、術者の素質である。さらにそのモーターに送る電気こそが、術者の体力というわけなのだ。電力不足ではポンプが止まるように、術者が疲弊するとマテリア要素も吸収できなくなる。つまり、マテリア術が使えなくなる。
メアリックはここで体力を消耗するわけにはいかない。
「メアリック、大丈夫か!」
ブレンが心配そうな表情で声をかける。彼の様子は明らかに疲弊しているからだ。
ところがメアリック本人は口端を釣り上げ、むしろ不敵な笑みを浮かべた。
「……いいね。僕の『強化マテリア術』の効果を試す、絶好の状況じゃないか」
肩で息をしながら、その鈍色の前髪から覗く目は好奇心にぎらついていた。
「……」
クラァラは真剣な面持ちで、メアリックを見守った。彼の言う『強化マテリア術』とは何か、彼女は知ったうえで許可を与えたのだった。
「マテリア術の強さとは元来、ひとりの術者がどれだけのマテリア要素を吸収できるか、吸収した後どれだけ術の威力として変換できるかによって決まる……」
メアリックはぽつぽつと喋り始め、次第に饒舌になる。誰に語るわけでもない、彼の思考を吐き出すような、長い独り言だ。
「つまり、僕たちマテリア使いは術を発動するために、自然界からマテリア要素を吸収するけど、実は吸収したうちの何割かは有効に使えず、自然界へ戻ってしまうんだよ。この使いきれなかったマテリア要素を、僕は無効マテリア要素と名付けた。無効マテリア要素を減らして、吸収したマテリア要素を有効に使いきることこそが、マテリア術の強化につながると考えたのさ……」
そもそも彼はマテリア術の軍事転用を研究するため、シバルバー部隊に入隊したのだ。本来僧侶でありながら、己の学術的好奇心を満たすためだけに、明日の生き死にもわからぬ危険な職業に就いたわけである。その研究意欲たるや尋常ではない。
「そして、ある結論に至った。複数の術者で順番にマテリア術を発動させ、無効マテリア要素を次々に吸収させればいいんだと。――もちろん力順でね。最初に発動したマテリア術が優先されないように、弱い術者の術は強い術者に打ち消される法則を利用して、最初の術者が術を発動させたら、より強い術者が打ち消しと同時に無効マテリア要素を吸収する。さらに強い術者がまた打ち消して吸収する……。それを繰り返していくうちに、マテリア要素を最大限有効活用したマテリア術が発動できるというわけさ!」
「貴方の話は目が滑るわ。戦いに集中して」
クラァラは興奮気味のメアリックの話を遮った。それは一見冷たく言い放ったようで、彼の身を案じての気遣いがあった。メアリックの編み出した強化マテリア術は、術者に術を力順で発動させ、一番最後の術者に全ての無効マテリア要素を吸収させるため、前述したように身体に負担がかかるのだ。
メアリックは汗だくになりながらも、心から楽しげに目を輝かせている。
「さて……この強化マテリア術を、あちらは食い止めきれるかな?」
駆逐艦から中型船2隻へ、鋭い眼光が向けられた。
バルトルトは必死で『水刃の槍』を食い止めるあまり、思わず獣じみた唸り声を上げてしまう。
「グウゥッ! オオッ……!」
重い。あまりにも重すぎる。ひとりの人間では受け止められないほどの膨大なマテリア要素量だ。
やはり自分では敵の術を防ぎきれないと、彼は限界を悟った。
「和尚さん……!」
水兵たちはそれぞれ身構えながら、固唾を飲んで見守った。カガミ号はすでに帆の向きを変え、舵を右方向へ方向転換しつつあるが、渦を巻く光の球がすぐ目の前に見える。そびえ立つ波の壁を抉るように、光の球体は侵攻をやめない。
もはやこの船の命運は、バルトルトに委ねられている。




