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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第七章
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第七章 聖なる波


 波に押し上げられた駆逐艦はまるで、フックを入れられた鳩尾(みぞおち)のように、フワッと垂直に浮く。

「うわああああ!」

 甲板にいた乗組員やシバルバー部隊の隊員が、船体のバランスが崩れた拍子に、海原へ投げ出される。中破状態の駆逐艦では波にさらされると、大きく船体が傾いてしまい、すぐ元の角度に復旧できない。復原力がなくなっているのだ。

 海に投げ出された兵士のなかには、ハイドロディウス派もいた。人員が減ったぶん、水のマテリア術の結界が脆くなっていく。そのうち、イワフネ号から発射された1発の弾丸が結界にめりこみ、ひびを入れた。


 メアリックは冷や汗を流しながら、自虐的な笑みを浮かべる。

「ああ、向こうにも水のマテリア使いがいるんだった。好条件なのは、あっちも同じか……」

 彼はこの高波がマテリア術によって発生させたものであることを、すぐに見抜いた。

「ここまでやられっぱなしだと、流石に腹が立つな」

 そう呟くと、メアリックは鈍色の髪をなびかせながら、クラァラへ振り向いた。その横顔に一瞬、小さな光が揺らめいていた。普段は髪で隠れているが、彼は両耳に水晶をあしらった耳飾りを着けているのである。それはマテリア要素と術者を媒介する道具だ。ミルコの聖典や、バルトルトの(しゃく)(じょう)と同じものである。

「隊長、『強化マテリア術』の許可を」


 その瞬間、周囲の他の隊員はざわついた。先ほどまで好戦的な姿勢を見せていたブレンも、気遣うような眼差しで彼を見つめる。

「メアリック、お前……」


 だが隊長であるクラァラは、沈痛そうな面持ちを浮かべながらも、首を縦に振った。

「……わかった、認めるわ。あなたの切り札を切ってちょうだい」

 背に腹は代えられない状況である。今動けるのはハイドロディウス派しかいないというなら、それに賭けるしかないと彼女は決断した。

「でも無理はしないで」


「難しい注文だ」

 メアリックは溜め息まじりに微笑むと、左耳の耳飾りを外した。外した耳飾りを右手で握りしめ、目を瞑り、深呼吸をする。そしてカッと目を見開いた。

「……ハイドロディウス派、『クリスタリン・バスティオン』を維持しながら、順番に『水刃(すいじん)の槍』の詠唱を始めて」


 その命令通り、ハイドロディウス派の兵士のひとりが『水刃の槍』の詠唱を始めた。彼は水のマテリア使いになってから、最も日の浅い新兵である。

御身(おんみ)は海、(ある)いは大河。そして玉響(たまゆら)の如き(けい)()の雫。此の世すべての生きとし生けるものの内に巡る大いなる水の支配者よ……」


 続いて、新兵より数年ほど経験年数の長い者が詠唱を始める。

「御身は海、或いは大河。そして玉響の如き恵雨の雫……」

 一節を唱え終わるのを待たずして、さらに年長者の者が詠唱しはじめた。そうして4人、5人、と詠唱が続き、まるで輪唱をしているように甲板に響いた。


 するとメアリックの(てのひら)の上にある、水晶の耳飾りが、真っ白い光を放ち始めた。マテリア反応光である。詠唱する人数が増えるほど、マテリア反応光も次第に強まっていく。

 耳飾りという媒体が、大量のマテリア要素を吸収するのを、メアリックはマテリア術の力を弱めたり強めたりしながら、媒体が損傷しないように巧みにコントロールした。『強化マテリア術』とは、彼がシバルバー部隊に籍を置いてから研究を重ね作り上げた、彼独自の発動方法である。


 カガミ号では、先ほどマテリア術『ホーリィ・ウェイヴ』を発動したばかりのバルトルトが、結界で守られた駆逐艦を見据える。

「少しは敵をかき乱せたようだが、決着がつくほどの威力はなかったか……!」

 バルトルトはシバルバー部隊の能力の高さに、敵対関係にありながら、素直に感心していた。

「やはり(うわさ)(たが)わぬ強者(つわもの)ぞろいか――ム!」

 

 突然、バルトルトはまるで、頭頂からつま先まで全身を稲妻が走ったかのような、悪寒を伴う鋭利な感覚に陥った。彼の術を見破ったメアリックのように、彼もまた、その感覚が生じた意味を即座に理解する。

「いかん!」

 住職は再び錫杖を構える。

「満ちよ、生命成る(みなもと)に。道よ、清明(せいめい)なる御名(みな)と共に。海原より幾千の水脈を束ねる大いなる水の支配者よ……」


 ひとりだけ何かを察して詠唱し始めたバルトルトに、周りの水兵は戸惑いを露わにした。

「急にどうしたんだ?」

「何だってんだよ、和尚(おしょう)さん」

 住職の焦りを悟ったゾーイは、ハッと駆逐艦のほうを捉える。遠くからでも視認できるほどの強い光を放っていた。


 駆逐艦のほうでは、ハイドロディウス派の兵士が次々と詠唱し終え、最後にメアリックが『水刃の槍』の文言を唱える。

「我、浮かびて消えし泡沫(うたかた)なれど汝を崇め奉らん。絶えず流るる(みお)(ことわり)を導き給え……」



 その詠唱が終わる直前、ゾーイはポニーテールの髪を揺らしながら、操舵手へ振り返った。

面舵(おもかじ)、いっぱい!」

 カガミ号の進路変更を命じ、船体を右方向へ動かす。その間にも、バルトルトは詠唱を続けていた。

「我が魂は、一筋の流れに身を委ね、己が定めを辿り、汝の僕とならん。願わくば荒野を潤し、満たし給え。穢れを(そそ)ぐ清らなせせらぎ……」

 錫杖を高く掲げれば、遊環(ゆうかん)が重なり合う音がした。


 シャン。


 その高く澄んだ音を合図に、海面が白い泡で幾何学模様を描きながら、激しく波打った。やがて波は帆より高まり、水飛沫(みずしぶき)を散らしながら、カガミ号の左舷(さげん)(かば)うように躍り出る。


「水刃の槍!」

「ホーリィ・ウェイヴ!」

 メアリックとバルトルトは、ほぼ同時にマテリア術を発動した。


 メアリックの掌から、真っ白な閃光が放たれた。その光は球体となって海上を駆け抜け、やがて螺旋(らせん)状に水を巻きつけながら、巨大な鉄砲水に変化していく。その「水刃の槍」の直径は、騎士のビクターが放つ技より何十倍も大きい。まるで神話の大蛇(おろち)のようである。


 対するバルトルトのホーリィ・ウェイヴは防壁となり、急接近する巨大な水の弾丸を受け止めようとしていた。

 果たしてこれで防ぎきれるのか、バルトルト自身も勝算はない。ただこの場合、彼ひとりによるクリスタリン・バスティオンという本来小規模に限定された防御技を発動するより、ホーリィ・ウェイヴで波を作ったほうが、より広範囲で船を守れると判断したのだ。

 せめて撃沈は回避したいという、精一杯のカウンターだ。


 とうとう、メアリックの水刃の槍と、バルトルトのホーリィ・ウェイヴがぶつかった。ゾバァンッ! と水のマテリア術同士が激しくせめぎ合う。


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