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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第七章
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第七章 膠着する戦況


 こうしてカルチェラタン水軍の中型船マナシカタマ号は、駆逐艦を道連れに、炎と黒煙に包まれて撃沈した。


 中型船が炎上する原因を作ってしまった駆逐艦の艦長は、通信士から味方の艦が炎の巻き添えをくらったと聞き、目を見開いて呆然とした。

「馬鹿な……! 船を丸ごと犠牲にして、刺し違えただと……!」

 味方を援護したつもりが、かえって敵の策にはめられてしまったのだ。後悔の念に苛まれ、右手で顔を覆う。だが彼は数秒のうちに冷静さを取り戻し、思考を切り替えた。

「……汚名は戦果にて返上しよう。見張り台へ支援要請の信号を出している艦はないか、確認させよ」


 輸送船はすでに大型船アマノトリ号の水兵たちが強襲している。もはやこれを援護するのは、盗賊が住居に押し入ってきて、妻と子供が刺されているのに、それには目もくれず家宝を死守する亭主と同じくらいの愚行だろう。

 今なお無傷のこの駆逐艦が優先すべき行動は、残存兵力の確保、つまりまだ生き残っている兵士たちの救出である。残存している兵士を束ねて、総出でアマノトリ号を叩くという寸法だ。


 通信士が叫ぶ。

「当艦から2時の方向に、支援要請あり! 現在、シバルバー部隊が防衛していますが、敵に挟撃されています!」

「これより我が艦は戦闘中の艦を援護する」

 艦長がそう命じると、駆逐艦は輸送船を素通りし、支援要請の信号を発信し続ける艦に向かって発進した。


 16時30分。現在の戦況は、アルカネット帝国軍の4隻の駆逐艦のうち、1隻は焼き討ちで撃沈、1隻は外輪を破壊され航行不可、シバルバー部隊の乗る1隻は中破状態で持ちこたえている。対するカルチェラタン水軍は、所有する中型船3隻のうち、前述のマナシカタマ号が撃沈してしまった。双方ともに楽観視できない状況である。


 その頃、水軍の他の中型船カガミ号とイワフネ号は、シバルバー部隊の搭乗する駆逐艦を半包囲の陣形でチクチクと攻撃していた。


 カガミ号を指揮するゾーイは、少し疲れた表情で額の汗を拭う。

「奴らもしぶといね……」


 現在、当該(とうがい)駆逐艦は水のマテリア使いが総力を挙げて、「クリスタリン・バスティオン」という直径10メートル超の円盤状の結界を張っており、ゾーイ率いるカガミ号とイワフネ号の火炎瓶や砲撃では、なかなか落とせないでいる。


「このままじゃあ、いたずらに物資を消耗するだけだよ」

彼女の呟きには溜め息が混じっていた。


 近くにいた住職のバルトルトは、ウゥム……と唸りながら、険しい顔つきで(あご)をさする。

「拙僧一人の力では、かような集団による結界を打ち破ることは叶うまい。だが別の術を以て、かの船を小突くぐらいのことは出来るやも知れん」


「やってみてよ」

 ゾーイは住職に向かって、ぱっと顔を上げた。

此方(こちら)の船にも、少なからぬ影響が及ぶだろうが、(よろ)しいか?」

「戦況が膠着(こうちゃく)するよりはいいさ」


「ではこれより、『波』を作る」

 バルトルトは船長から許可を貰うと、右手の(しゃく)(じょう)を掲げた。しゃらん、と頭頂部に通した輪――()(かん)のぶつかる音が鳴る。



  

 一方、駆逐艦側も対処に追われていた。マテリア術の結界『クリスタリン・バスティオン』で何とか持ちこたえているものの、先ほどの戦いで船体は中破という深手を負い、破損ヶ所から海水が流れ込む被害報告も上がっていた。


 甲板にいるシバルバー部隊の隊長クラァラは、悔しそうに眉をひそめる。

「これじゃジリ貧じゃないの」

 彼女もまた水軍のゾーイ同様に、膠着状態に陥っている戦況に、焦りを感じていた。


 同門のブレンは彼女に意見する。

「ハイドロディウス派が船の防御をする間、俺らフレイミヤ・バーン派で総攻撃しないか?」


 クラァラが茶色の目をカッと見開いて反論するより早く、メアリックが術を発動させながら「やめてくれ」と冷静に制した。

「今の状況で炎のマテリア術を使われたら、高温で水の結界が蒸発しかねない。相克関係上、炎より水のほうが有利だから、結界は完全に消えはしないだろうが、著しく強度が下がるだろう」


 マテリア術の相克関係では、確かに水属性は火属性に有利である。しかし水量と火力によっては、水のマテリア術が炎の熱で蒸発し弱体化する場合がある。

 また火属性は風属性に有利だが、風量と火力のバランス次第では、火のマテリア術が風で吹き消されたり、あるいは風属性の術者が空気中の酸素濃度を低くすることで、窒息されて鎮火されたりする場合もある。相克関係とはあくまで「同等の実力をもった異なる属性の術者同士が、同程度の威力の術を発動させたとき」の優劣に限定されるのだ。


 メアリックに諭されると、ブレンは顔をしかめてうなだれた。

「敵がバンバン攻撃してきているのに、手をこまねいているしかないって事かよ……!」

 炎のマテリア使いが威力を落とさず術を発動させたいなら、水の結界を解かなくてはならない。このまま防御に徹するか、防御壁を捨て攻勢に出るか、シバルバー部隊にジレンマが生じた。


「このマテリア術はいつまでもつの?」

 クラァラはメアリックに訊ねた。

「1時間……は、希望的観測か。海上(ここ)は水属性のマテリア使いには最高の環境なんだけど、こんな大きな船を守るとなると、さすがに厳しいかな……。向こうの土属性の術者が動いたら、この場にいる全員が危ないよ!」

 彼にしては珍しく冷静さを欠いた、感情的な言い方だった。それだけ切羽詰まっているのだ。


 そのときだった。


 突然、強い高波が発生し、ドボオッと駆逐艦の船底を押し上げた。

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