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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第七章
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第七章 さらばマナシカタマ号


 場面を再び、輸送船を攻撃した直後のアマノトリ号に戻す。


 ドミニクは叫んだ。

「船を寄せろ!」


 (そう)舵手(だしゅ)はこめかみと背中から滝のように流れる汗を拭いもせず、日に焼けた太く(たくま)しい両腕で舵を切った。アマノトリ号は輸送船に向かって、躊躇(ちゅうちょ)なく真横から体当たりする。ドバザァア、ザブゥンッ! と、空まで届くほど高い波しぶきが上がった。


 ゴゴゴゴゴ……と、衝突で激しく揺れる輸送船は、操舵室の窓いっぱいに、アマノトリ号の船首が見える。

「くそったれ!」

 身を低くした乗組員が、窓の向こうの敵艦へ悪態を吐いた。


 その頭上で、船長が苦渋の表情をしたまま椅子から立ち上がる。先ほど、駆逐(くちく)(かん)に物資を提供する旨を提案した人物だ。

「……総員、ただちに戦闘準備につけッ!」


 カルチェラタン水軍との白兵戦。


 本来、軍人であっても事務方が長かった彼にとって、この決断は勇気を要した。それは彼の部下である乗組員たちも同じである。補給部隊である自分たちが駆逐艦を差し置いて、まさか敵と直接戦闘になるだなんてと、それぞれが己の不運を呪った。

 

 だがいくら嘆いたところで、水軍は待ってはくれない。


 アマノトリ号から輸送船へ、何本もの(かぎ)(なわ)が掛けられる。

「乗り込めオラアアアアアア!」

 (たけ)る水兵たちは血の湧き上がる熱が冷めやらぬまま、砲弾で空けた輸送船の船体の穴へ次々飛び込んでいく。


 ところがそんな(おり)、中型船マナシカタマ号が仕留(しと)め損ねた駆逐艦が、アマノトリ号に砲口を向ける。

「撃て!」

 駆逐艦の艦長は自身の艦が小破状態であっても、執拗(しつよう)にアマノトリ号に攻撃するのをやめない。


 その砲弾の1、2発がアマノトリ号に直撃した。被弾ヶ所は後方だ。

 ドォオオン! という轟音がしたかと思いきや、激しい衝撃が大船を揺さぶる。

「うわああああーっ!」

 縄梯子(なわばしご)で輸送船に移乗していた水兵の何人かが、絶叫とともに海へ転落した。


 怖気づいた水兵の背中へ、頭領ドミニクは大声を張り上げて喝を入れる。

「まだ鉤縄は外れちゃいない! かまうな、進めェェエエエーッ!」

 そういう彼は他の水兵たちと、あるものを運んでおり、まだ輸送船に乗り移ることができないでいた。


 一方、駆逐艦の艦橋では、砲兵から連絡を受けた通信士が、艦長に砲塔(ターレット)の状態を報告していた。

「次の砲撃の準備が完了しました」

「よし。第二砲……」

 艦長が命令を下そうとしたそのとき、別の通信士が叫んだ。

「6時の方向から敵艦、接近!」


 それはマナシカタマ号だ。


 マナシカタマ号の船長は叫ぶ。

「突っ込めぇええええ!」

「ウオオオオオーッ!」

全弾撃ち尽くした船長や水兵たちは、決死の覚悟で船を駆逐艦へ全速前進させた。


 クッ! と、悔しげに拳を震わせ、艦長は吐き捨てる。

猪口才(ちょこざい)な……! かまうものか、目標はこのまま大型艦に絞れ! 第二砲、撃て!」


 砲塔の砲兵が弾丸を射出する寸前、マナシカタマ号の船首は、駆逐艦の後方にある外輪に追突した。

 外輪は軋んだ音を立ててひしゃげていき、ついに大きな亀裂が走って破損した。これでこの駆逐艦も機動力を失ってしまったのである。いわば海上で両足をもがれたも同然だ。


「……水軍のクソどもがァッ!」

「いい気になるなよ!」

「雑魚のくせに調子に乗ってんじゃねぇ、くたばりやがれ!」

 駆逐艦の艦橋では、追突の衝撃に耐えた乗組員たちが、口々に悪態を吐く。その傍らで冷静な通信士は伝声管や初歩的な電気信号を用いて、艦尾(かんび)に待機しているはずの乗組員へ連絡をとるが、応答はない。艦尾の乗組員たちは全員、重態か死亡したと考えて間違いないだろう。

        

「艦尾、応答なし」

 通信士は一言だけ発するのに、数秒の間さまざまな思いを巡らせた。

 もはやこの艦には、輸送船を援護できるだけの機能(ちから)は残されていない。彼個人としては、できることなら敵の旗艦(きかん)など捨て置いて戦線を離脱するか、今すぐ他の駆逐艦に救助を求めたいところだ。

 だが軍隊という組織は、上からの命令が絶対なのだ。


 艦長は拳を握りながら、クッ……! と悔しげに(うな)る。すると少しの逡巡(しゅんじゅん)すら許さぬかの如く、別の通信士から報告があった。

「た、大変です! 追突した船が、不審な動きをみせています!」

 焦りゆえに曖昧な報告をする通信士に、余裕のない艦長は苛立った。

「不審な動きとは何だ!」

「奴ら油らしき液体を、自分の船に撒いています!」


 マナシカタマ号の甲板では、水兵たちがあえて火炎瓶の油をそこかしこに、ドバドバとぶちまけていた。木製の床や柱に油のしみが広がっていく。

 駆逐艦に追突したとき、マナシカタマ号もただでは済まなかった。船の前部が潰されて、船員の大半が死亡した。中破どころかこのままでは撃沈もあり得る。

 こういう場面では他の艦に援護を要請するのが普通だが、水軍側の全ての船が現在、敵艦と応戦中だ。仲間の足を引っ張るわけにはいかない。

 せめて敵に一泡吹かせたい。一矢報いたかった。


 だから彼らは「究極の捨て身」を選んだのだ。


 追突された駆逐艦の艦長は、マナシカタマ号のねらいを察した。

「まずい……総員、避難せよ! 直ちに本艦から脱ッ」

 脱出せよ、という艦長の最期の命令は、乗組員に伝えられなかった。なぜなら、マナシカタマ号が撃たれた砲撃音により、掻き消されたからである。


 もともとこの駆逐艦は、反対方向から接近する味方の艦と、アマノトリ号を挟撃するつもりだった。その反対方向の艦が、マナシカタマ号を撃ったのだ。


 反対方向にいる艦からしたら、遠くにいる、敵艦に追突された味方を援護したつもりなのだろう。

「敵艦、船体に被弾しました!」

「うむ」

 この艦を指揮する艦長の判断は正しい。マナシカタマ号に、油が撒かれていなければ。

 

 マナシカタマ号という帆船――巨大な可燃物は、砲弾の熱により油が引火し、たちまち火の手が上がった。向かい風に煽られ、船を包みこむの勢いで、炎が激しさを増す。

 この被害では、たとえカガミ号に搭乗するバルトルト住職が、マテリア術で鎮火したところで、手遅れだろう。それにカガミ号自体、シバルバー部隊の乗る駆逐艦と応戦中で、助けに行けまい。


 やがて追突された駆逐艦にも燃え移った。中型船を丸ごと燃やす火力の炎だ。今頃、艦橋は阿鼻叫喚の地獄絵図に違いない。


 燃え盛る炎の中で、熱風に身体を晒しながら、マナシカタマ号の船長は呟く。

「へっ。アルカネット人なんざ、味方のドジで火あぶりにされるような、間抜けな死に方がお似合いだぜ……」

 マナシカタマ号の男たちは皆、駆逐艦を道連れにするつもりなのだ。ひとり、ふたりと笑いながら炎に包まれていく。


「すまねぇ、お頭……。俺たちにできるのはここまでだ。カルチェラタンを、アルカネットから救ってくれ……よ……」


 船長は揺らめく陽炎の先にある大型船に目を細めて、静かに目蓋を閉じた。



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