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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第七章
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第七章 アシ号、白兵戦開始


 アマノトリ号の(とどろ)くような砲撃音は、遠くにいた小型船アシ号でも聞こえた。

 

 タラッサが欄干(らんかん)から身を乗り出す。

「見て!」

 彼女の指し示す先には、もくもくと白煙の上がる大型輸送船の姿があった。


 さらにマストから見張り番が大声を張り上げる。

「お(かしら)の――アマノトリ号が、輸送船の攻撃に成功しました!」

 甲板上にワァッと歓声が上がった。


 強敵と恐れられていた帝国海軍を相手に、カルチェラタン水軍が攻勢に転じているのだ。


 プリムローズは固唾(かたず)を呑んだ。自分から言い出したことではあるが、これまで警備隊に何度も妨害され当初の作戦通りに進まなかったので、目の前の光景が信じられずにいた。


 ディエゴは少し表情を緩める。

「よっしゃ。これで輸送船を乗っ取れれば、俺たちの勝ちだろ!」

 拳を掲げながら、希望的観測を言葉にする。


「ですが……」

 傍らのオリバーは神経を尖らせている様子で、船の外を見回した。

駆逐(くちく)(かん)一隻が、輸送船へ向かっているであります!」


 小型船アシ号の甲板からだと、外輪を破壊された駆逐艦のほかに、アマノトリ号を挟み撃ちしようと発進した駆逐艦が目視できる。


 中型船マナシカタマ号が応戦した駆逐艦とは反対側の、アマノトリ号から見て右舷側に接近中の敵艦である。


 プリムローズはハッと我に返ると、タラッサに振り向いた。

「ドミニクさんを援護しに向かいましょう!」

 もちろん、とタラッサは勝気そうに頷いた。そして舵手(だしゅ)へ振り返る。

面舵(おもかじ)……」


 水軍頭領の娘が指示を出そうとした、そのときである。

 オリバーは視界に何かが飛び込んできたのをいち早く察し、走り出した。

「……プリムローズ様ッ!」

 とっさに王女の肩を押すと、自分が前に出るように(かば)う。


 彼の目前でカキン! と鋭い音が響く。欄干に金属製の物体が引っかかっている。その先端は放射状に広がっており、鋭い返しがついていた。


 プリムローズは呆気にとられつつも、飴色の目でそれを(しか)と捉える。

(かぎ)(なわ)?」


 甲板の欄干に鉤縄がかけられた。4メートル程度の縄の先は、このアシ号よりひと回り小さい人力船と繋がっている。

 その船には30人以上のマスケット銃を所持し、藍色の軍服を着た兵士が乗っていた。


 ディエゴが叫ぶ。

「伏せろ!」

 オリバーはプリムローズに覆いかぶさった。ディエゴ自身も近くにいたタラッサを庇いながら屈み込む。


 オーク戦士の勘は当たった。直後に人力船から銃弾が飛んできた。

「うおぉっ!」

 ディエゴの声を聞いた水兵たちはその場で伏せていたが、積んでいた資材や船の外壁に数発の弾痕ができる。

 器用なことに、吊るされた警備兵(なかま)を誤射することはなかった。


 硝煙(しょうえん)も消えぬうちに、帝国軍の兵士は銃に新しい弾を込める。

「覚悟しろ、カルチェラタン水軍!」

 彼らは全員、外輪を破壊された駆逐艦に乗っていた白兵戦部隊である。航行不可能になった駆逐艦隊に代わり、避難用として備え付けられていた、両舷の長い(かい)を漕いで進む人力船に乗り換えてやってきたというわけだ。


 タラッサは身を屈めながら、冷や汗を拭った。

「ふふ、覚悟するのはどっちだろうね……!」

 白兵戦部隊が大胆にも『盾』を無視して接近するとは予測できず、彼女は恐怖よりも「してやられた」悔しさのほうが先んじていた。


 プリムローズも腰を落としたまま、困ったように眉を寄せる。

「どうしましょう。あの人たちにちょっかいを出されては、ことが思うように運べないわ!」


 船と船を繋ぐ鉤縄を外すことが最優先事項であるが、マスケット銃で常に狙われているリスクを考えると、うかつに欄干に近づくことは許されない。

 しかしこのままでは、アマノトリ号の援護にも行けず、人力船からの攻撃を受ける一方である。


 すると、船内から小柄な人影が現れた。

「お困りですか?」

 ユージンである。茶色の遮光(しゃこう)(びん)を数本抱えてやってきた。


「ユージンさん!」

 プリムローズは驚いた。彼はずっと医務室にいるものだと思い込んでいたからだ。


 ディエゴがすかさず問いかける。

「ボウズは?」

「おやつを食べながら本を読んでますよ」

 よいしょ、とユージンは茶色の瓶をデッキの上に下ろした。何か液体が入っている。

「銃を止めたいのでしたら、どうぞこの瓶をお使い下さい」


 タラッサが遠慮がちに答える。

「あ~、火炎(かえん)(びん)は近すぎて、こっちも危ないかも……」

「火炎瓶ではありません。火を点けないで、そのまま投げつけます」

 ユージンがそう返すと、オリバーが会話に割り込んだ。

「それは意味があるのですか?」


 騎士は疑わしげな態度をあからさまにしたが、ドワーフの医師は嫌な顔ひとつせず、目を細めてニコリと微笑む。

「この中に入っているのは、動物の油より厄介な代物でして」

「なん」

「じゃあ、投げるぜ」

 オリバーの声を遮ったディエゴは、茶色の瓶をひょいと摘まみ上げる。その強靭(きょうじん)な肩を生かして、狙撃兵が引き金を引くより早く、瓶を人力船の甲板へ投げつけた。


 甲板に叩きつけられた瓶はバリーン! と大きな音を立てて割れた。


 木板の床に、割れた瓶の液体がじわじわ広がっていく。


 火炎瓶ではない無色透明の液体に、兵士たちは拍子抜けした。

「何だこれは」

「こけおどしか?」


 だが兵士のひとりが、液体の匂いで何かを察する。

「これは……!」

 そしてマスケット銃の引き金を引こうとした仲間を、必死の形相で止めた。

「やめろ、撃つな!」

「何をする」

「アルコールだ!」


 一方、アシ号の船員たちは、目下(もっか)の人力船の兵士らが取り乱しているさまを、不思議そうに眺めた。


 水兵のひとりが独り言ちる。

「攻撃が止まった……?」


 今まで片膝をついていたユージンが、すくっと立ち上がった。

「あの瓶に入っていたのは消毒液――エタノールです。エタノールは火を近づけると、燃え上がる性質を持っているので、マスケット銃の点火だけでたちまち炎が燃え広がることでしょう」


 エタノール――エチルアルコールは可燃性の蒸気を発生させる。その蒸気が空気と混ざり、火気を近づけると燃え上がる現象を引火(いんか)という。エチルアルコールの引火点は13℃である。つまり液体の温度が13℃に達しただけで蒸発し、液面上で引火するのに十分な濃度の蒸気を発生させるのだ。


 エタノールを含めアルコール類は引火点が低いため、直射日光を避けられるような屋内で、なおかつ蒸気を滞留させないために換気できるような場所で、容器に入れ密閉保管するのが望ましい。


「要するに、向こうはいま鉄砲を使えねぇってわけか」

 ディエゴは欄干に片足をかけた。

「こっちからカチコミかけてもいいよな?」

 そう言いながらタラッサに振り返るが、すでに全身は闘志を燃え(たぎ)らせている。まるでアルコールが引火したときのような、透き通る炎が揺らめいているようであった。

「自分も行きます」

 オリバーも便乗した。


 タラッサは肩をすくめる。

「船はこの状態で走らせるから、揺れるよ?」


 こうしてディエゴはオリバーを背負い、アシ号の欄干から人力船へ飛び移った。

 人力船の甲板に着地したや否や、ディエゴは拳を振り上げ、オリバーは剣を鞘から引き抜き、白兵戦部隊へと突進した。

「うぉおおらぁあああああ!」

「ドォオオオリヤアアアア!」


 アシ号は鉤縄で人力船と繋がったまま、アマノトリ号を狙う駆逐艦へ方向転換する。


 アシ号の挙動に引っ張られて揺れる人力船の中で、オリバーとディエゴは一騎当千の戦士の如く、帝国兵を蹴散らしている。


 ディエゴは近くにいた兵士の両足を抱きかかえると、その場でブンブン振り回し、海に向かって放り投げた。まさにジャイアントスイングだ。


 一方オリバーは大剣を振り上げ、マスケット銃からサーベル刀に切り替えた兵士たちと剣戟(けんげき)を交わし、薙ぎ倒していく。


 彼らは艦隊戦では活躍できなかったため、ここに来て一気に鬱憤(うっぷん)を晴らすような猛攻を仕掛けている。目に見えるほど生き生きとしていた。


「男の人って、しょうがないね」

 タラッサとプリムローズは苦笑半分、微笑ましさ半分といった表情を見せ合った。



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