第七章 支援するマナシカタマ号
マナシカタマ号の甲板では、水兵が厄介な報告をしに、船長のもとに駆け寄った。
「船長。今、逆風です」
帆船は当然ながら、追い風より向かい風のほうが進みにくくなる。援護をしなければと急ぐあまり、今まで風向きを読むことを忘れていた事実に、船長と水兵は互いに苦笑しあう。こんな初歩的なミス、新入りの若造じゃあるまいし、と。
「ミズンマストの帆の角度を変えながら、タッキングで行くぞ」
ミズンマスト――船の一番後ろの帆柱に支えられた縦帆の角度を、風向に合わせて調整しながら、ジグザグに航走するというわけである。
そうして駆逐艦の後方へ接近したマナシカタマ号は、所有する砲台を眼前の標的に向けた。
船長は掲げた腕を振り下ろす。
「撃て!」
バシュゥウ、ドォオオオオオオオン! という轟音とともに、30門の大砲から砲弾が射出された。そのうちの数発が飛距離が足りず海に落ちたが、少なくとも半数以上は駆逐艦に着弾した。
被弾の衝撃により、駆逐艦に衝撃が走る。艦橋が大きく揺れた。乗組員は皆、重心を低くして頭を庇い、耐ショック姿勢をとる。
「うわあああ、クソッたれ!」
乗組員が悪態をつく傍ら、伝声管を通して報告をキャッチした通信士が、大声を張り上げる。
「艦尾に被弾、小破ッ! 外輪は無事です!」
この艦はまだ動かせる。
艦長は手の甲で額の汗を拭った。
「首の皮一枚、つながったか……。進路変更だ。後方の中型船から離れ、大型船の後方に回り込め。面舵いっぱい!」
「了解! 面舵いっぱい!」
アマノトリ号の左舷を狙っていた駆逐艦だったが、右方向に迂回して、今度は後方に狙いを変えた。
かの駆逐艦の船体が右方向に動くのを察したマナシカタマ号の船長は、わずらわしそうに舌打ちした。
「外輪に当たらなかったか。仕方ねぇ、『おかわり』させてやるか」
「へい!」
水兵たちは移動を始める駆逐艦の右舷に向かって、追加の30門の大砲を用意した。マナシカタマ号の所有する大砲は全部で60門だが、砲台は1発撃つたび冷ますのに時間がかかるので、一度に全弾撃つのではなく、半数を残しておいたのだ。
「撃て!」
船長の合図の直後、30発の砲弾が飛び出した。
濃霧のようにたちこめる白煙。船尾より右舷のほうが的が大きく、大半の砲弾が着弾した。駆逐艦の艦内はさぞかし揺れただろう。さらなるダメージを加えられたか。
だが白煙が引くにつれ、それは希望的観測に過ぎなかったことを、マナシカタマ号の全兵士は痛感した。
さすがは帝国海軍の駆逐艦である。その頑丈な装甲は、ほぼ同じ箇所に20発以上の砲弾を浴びせられても、船体に直径3メートルの穴が空く程度の、小破の状態で耐えきってしまった。
マナシカタマ号が追い風で推進力を得て、至近距離まで近づくことができ、なおかつ全砲弾60発を発射させていたら、中破までいけたかもしれない。
「ハッ、帝国海軍をなめるなよ! 我が艦の装甲には、特殊加工されたミスリル鋼が使われてるんだ」
「カルチェラタンの豆鉄砲なんか、屁でもないさ!」
艦内の船大工および工兵部隊は、瓦礫を通路の隅にどかしながら、穴の修復作業にとりかかった。
結果として、援護しに来たマナシカタマ号でも、火力不足で駆逐艦を食い止めきれなかった。アマノトリ号への接近を許してしまったのだ。
「クソッ。すまねぇ、お頭!」
船長は拳を固く握り締めた。
そのとき。
ドォオオオオオオオン! と、マナシカタマ号からおよそ数十メートル先のほうで、砲撃音が上がった。
見張り台の水兵が叫ぶ。
「アマノトリ号が、輸送船に攻撃してます!」
16時20分。アマノトリ号は2隻の駆逐艦に挟撃される寸前で、輸送船の左舷に、80発以上の砲弾を浴びせた。
輸送船の被害状況は、中破。船体に直径5メートル超の穴が2か所空いた。輸送船という、いわば補給線が攻撃を受けたのは、駆逐艦隊にとって大きな痛手となった。




