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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第七章
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第七章 軍歌


 軍歌を口ずさむ警備兵たちに、タラッサは眉をひそめて困惑した。

「なんで急に歌い出したの?」


「……恐らく、アルカネットの軍歌であります」

 オリバーは合点がいったように、ひとり頷いた。(かぶと)の羽根飾りが揺れる。

彼奴(きゃつ)らはこの期に及んで、アルカネットの軍人としての誇りを失わないという意思を、表明しておるのでしょう。己の死を覚悟しているのかと」


 彼の話を聞いて、タラッサはますます顔をしかめてうつむく。

「……痛ましい……って、あたしの立場で言うのは違うか。あいつらがやったことは許せないけど、複雑だね」

 水軍の彼女にとって、カルチェラタンを踏みにじった警備隊の蛮行は許せるはずがない。だが一方で、故郷(くに)を想う戦闘員という彼らの立場にわずかながら同情していた。


「姫さん?」

 ディエゴはプリムローズを気にかける。彼女の肩が震えているのがわかったからだ。


 プリムローズはペンダントの石を握りしめながら、ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ。

「私は彼らを見くびっていました……。警備隊のことを血も涙もない、人の道から外れた野蛮な集団だとばかり思っていました。彼らにも彼らなりの誇りというものがあるのですね……」


 ディエゴは少し安堵した。彼の望む「清らかで優しく可憐な少女」としてのプリムローズが、帰ってきたような気がしたからだ。

「そう思うなら、奴らを引き上げてもいいんじゃないか。どうせ殺すなら、ひと思いにトドメを刺してやったほうがいい」


 傍らにいたオリバーとタラッサが驚く。今の状況で警備兵を船に引き上げても、アシ号に何の利もないからだ。


 彼らが異論を唱えるより早く、プリムローズは首を横に振った。

なんでだよ、とディエゴは問う。


「彼らを盾にしたことに後悔はありません。戦いに勝つためには必要なことだからです」

 プリムローズから返事を受け取っても、オークの青年は納得しない。

「今まで黙ってたけどよ、今回のやり方……いつものあんたらしくないんだよな。ああ、わかってる。警備隊を火あぶりにされるのが嫌だから、こんな作戦言い出したんだろ? だけどよ」 

「ディエゴさんが言ったのよ」

 プリムローズは悲しげに微笑みながら、ディエゴの話を遮った。


「私が敵と正面から戦おうとすれば、命がいくらあっても足りない。ちゃんと考えろって、ディエゴさんは前にそう言いましたよね。だから私なりに考えたんです。いつもの私のままでは勝てないから……」


 彼女の反論は、ディエゴの厚い胸を突き刺し心臓まで達した。

「あれは、そういう意味で言ったんじゃねぇ……!」

 動揺とともに発した否定は、彼自身すら驚くほど声が震えていた。肺へ吸い込む空気が鉛のように重く感じるのだった。

 もっとはっきり言ってやるべきだったのか。「俺があんたをずっと守るから戦うな、いつも俺の後ろに下がってろ」と。

 真意とは逆の意味で受けとられてしまうとは、あのときの彼は思いもよらなかった。


 波がぶつかり合う大海原の上で、プリムローズの飴色の瞳はオークの青年、ただ一点を見つめる。


「警備隊の人たちにも、人間としての尊厳があることは認めます。彼らの掲げる正義には賛同できませんが、ある程度は理解します。ですが、それでも私はこの戦いに勝ちたいのです! ……せめて彼らの『健闘』に、敬意を示しましょう」


 プリムローズはそう言うと下唇を噛み締め、欄干(らんかん)の下から聞こえてくる軍歌に、拍手を鳴らし続けた。その瞳には涙が浮かんでいる。


 ディエゴは自責の念に(さいな)まれ、口を閉ざした。

「……」


 プリムローズ王女はほんの1週間前まで戦争とは無縁の生活を送っていた。そんな彼女が、捕えた敵を盾にするという容赦のない戦法を思いつき、涙目になりながらでも実行できるようになってしまったのは、自分の発言のせいなのか。

 少女の透き通るような甘い飴細工のような心を濁らせ、修羅の道に突き落としたのは己だったのか。


「ディエゴ殿……」

 オリバーはそんな青年に同情した。だが、最近の王女が帝国との戦いに積極的な姿勢を見せるようになったのは、騎士である彼にとって望ましいことだ。そのため板挟みの心境になって、どうしてよいものかわからなかった。


 警備隊の軍歌に拍手を送るプリムローズを、遠くから他の水兵たちが「何やってんだ?」という風に、いぶかしそうに見つめる。このままでは船全体の士気が下がってしまうだろう。


 この場で最もニュートラルな視点で動けるのは、タラッサだった。


「プリムラ。敵にも思いやりの気持ちを持つのは良いけど、あんまりあいつらに寄せると、本来の目的を見失っちゃうよ。ほどほどにしときな」

 タラッサはきっぱりとした口調で説得し、プリムローズに拍手をやめさせた。場の空気を変えた後、彼女を止めるのに尻込みしていた、臆病なディエゴと優柔不断なオリバーを横目で(にら)む。

(この2人、案外へたれだな……) 


 咎めるような視線に居たたまれなくなったディエゴたちは、あさってのほうに顔をそむけた。


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