第七章 追い込まれる駆逐艦
被弾した衝撃によって、駆逐艦は激しく揺れた。
ボォオオオオーン! と鼓膜を突き破るような大きな爆発音が響いた。どんよりと濁った灰色の煙がもくもくと立ち込め、駆逐艦を覆い尽くしていく。
爆風の勢いはすさまじく、甲板にいた乗組員はまともに立っていられず、柱などの建造物にぶつかった。なかには欄干から投げ出される者もいた。
「ウワアアアア!」
崩れた外壁とともに海へ落ちていく兵士の断末魔が、床で身を丸めるしかできないブレンの耳に、いつまでもこびりついた。
彼と同じく両腕で頭部を守りながら伏せていたクラァラは、次の砲撃が来ないことを察すると、恐る恐る顔を上げた。
やがて少しずつ煙が晴れていくに従い、視界も回復する。
攻撃を受けた甲板の上に唯一、立っていられる集団がいた。
メアリック率いる水のマテリア使いたちである。全員で腕を高く上げたまま、マテリア術を発動させていた。
彼らが腕を掲げる先には、直径10メートル以上の薄いガラス細工のような円盤が、空中に浮かんでいる。
水の結界を張って対象を防衛する技、「クリスタリン・バスティオン」である。
水のマテリア使いがとっさに防御したおかげで、シバルバー部隊は爆風による被害から免れたのだった。
メアリックは掲げた右腕を震わせながら、額から流れる汗を避けるように、鈍色の目を細める。
「正直さぁ……今、土属性が発動されたら詰んじゃうね……」
冗談めいた口調にそぐわぬ、かすれた声だった。
ブレンは立ち上がった。
「メアリック、術を解除しろ!」
クラァラもふらつきながら起き上がる。
「この規模のマテリア術を維持しようとするのは危険よ! 水のマテリア術は術者の体液すら媒体にしてしまうのだから、解除しないと身がもたないわ」
彼女の言うことは事実だ。水のマテリア使いは長時間にわたり強力な技を発動させると、マテリア要素の吸収が追いつかなくなった場合、人体の血液などがエネルギーとして転換される恐れがある。
しかしメアリックは長い前髪を揺らすように、首を横に振った。
「僕らが解除したら、この艦は沈む」
駆逐艦の左舷も右舷も被弾した。その被害状況は中破――といっても、もはや他の艦の援護なしには反転すらできないほど深刻だ。
もともと偵察船に撃たれた艦である。人体で例えるなら、塞がりかけの怪我にさらに深くダメージが入った状態なのだ。
甲板にいるクラァラたちは気付いてないが、艦内は4割以上の設備が破壊されて、もはや戦闘に関する機能の大半が失われている。瓦礫とその下敷きになって息絶えた乗組員たちの遺体が積み重なり、塞がれた通路から脱出できなかった生存者が、砲弾の弾痕から流れ込んできた海水で溺れ死ぬ事態も発生していた。
海水が侵入してきたことで今、重力と浮力のバランスが崩れかけている。ここで水のマテリア使いたちが術を解除したら、艦の上部や甲板にいる者は助からないだろう。
シバルバー部隊が状況を確認するのも束の間、水軍の中型の哨戒船3隻は、駆逐艦の正面と左右両側を取り囲むように方向転換し、衝突寸前まで接近した。
カガミ号の指揮を執るゾーイは、右手を振り下ろして合図した。
「今だッ!」
彼女の合図の直後に、水兵たちは火の点いた火炎瓶を、手動で駆逐艦へ投げつけた。
「ウオオオオオーッ!」
水軍の所有する大砲は、連続で撃つと熱で砲身が変形してしまうため、クールタイムが必要だ。この火炎瓶攻撃は、大砲が冷めるまでの時間稼ぎというわけである。
火炎瓶の何本かが投げ込まれると、木製の床に火がたちまち燃え移った。
「クソ、火炎瓶だ!」
「消火栓開けろー!」
「バケツ持ってこい!」
甲板の乗組員たちは火消しに追われ、数少ない人員がさらに割かれる。一見、地味な戦法に思える火炎瓶だが、今の駆逐艦にとって泣きっ面に蜂であった。
シバルバー部隊の火属性のマテリア使いは、消火活動に協力した。水属性は未だ結界を張ったまま動けない。彼らが水のマテリア術で消せれば一番なのだが、その余裕はない。
その慌てふためきようを対岸から眺め、ゾーイは腰に手を当てハッ! と鼻で笑った。
「おかわりは、まだまだあるよ。たんと食らいな!」
水兵は乗組員たちのマスケット銃による射撃を避けつつ、火炎瓶を投げ続けた。
「ガハハハッ! 火あぶりはお前らの専売特許じゃねぇぞ!」
「偵察船の奴らの仇をとってやらぁー!」
他の駆逐艦も、ただそれを見守っていたわけではない。攻撃を受けている先頭の駆逐艦を援護するため、輸送船の左右にいた3隻は迂回して、カガミ号など中型船を後方からの攻撃を試みる。
しかし。
援護するつもりの駆逐艦の艦橋は、騒然とする。
「駄目です……! 小型船が前方にいます!」
通信士が悲痛そうに叫ぶ。この時点でようやく全ての駆逐艦が、小型船アシ号の人質の存在を認知した。
アシ号は吊るした人質を見せつけるように、ジグザグに移動している。明らかな挑発行為である。
その艦の艦長は怒りのあまり、わなわなと肩を震わし、座席の肘掛を拳で叩いた。
「悪魔か、奴らは!」




