第七章 小型船との遭遇
一方、シバルバー部隊が乗っている駆逐艦でも、小型船アシ号を視認していた。
「敵艦接近! 距離およそ30メートル!」
艦橋の通信士の報告を受け、艦長は伝令を下す。
「うむ。シバルバー部隊に、迎撃の準備を」
甲板にはシバルバー部隊が待機しており、列の先頭にクラァラが立つ。
「敵艦との距離が20メートルを切ったら、マテリア術の射程圏内ね。フレイミヤ・バーン派で術を発動させるわよ。ハイドロディウス派は、合図の後に作戦を実行してちょうだい。いいわね!」
「了解!」
腕章をつけた隊員たちは、胸の前で両腕をクロスさせて敬礼した。その中には頬に湿布を貼ったブレンと、メアリックもいる。
クラァラは迎撃のチャンスを、今か今かと待ちわびていた。内心では他の隊員がおらずとも、やってくるのが偵察船のような小さい帆船なら、自分ひとりで焼き尽くせると大きく構えているのだった。
すると、頭上の見張り台から小さな悲鳴が上がった。
「ウワアッ」
望遠鏡で接近中の敵艦を捉えた見張り番が、血相を変えて艦橋へ連絡を取る。詳しい内容は甲板にいるクラァラには聞き取れなかった。
「何か騒々しいわね」
彼女はブラウンの瞳をすがめて、いぶかしそうな面持ちで見張り台を仰いだ。
不審に思ったブレンは近くにいた乗組員から、望遠鏡を借りて覗き込んだ。船首の向こうの船影が、はっきりとスコープで視認できる。
そして。
「……嘘だろ」
彼は一歩後ずさり、それきり閉ざした口を手で覆った。白地の腕章をつけたメアリックは、眉をひそめて困惑する。
「どうしたんだい?」
「……」
ブレンは何も言わず、こめかみから冷や汗をかいている。全身が凍てついたかのように固まっていた。
「貸して」
クラァラは何が見えたか報告しないブレンに少し苛立ちながら、彼から望遠鏡を奪い取り、接近中の船影を確認する。
小型の帆船が、海上で稲妻を描くようにジグザグと小刻みに針路を変えながら、こちらに向かってやってくる。
船の大きさは1時間前に現れた偵察船と変わらない。だが、クラァラはこの小型船の船体に、奇妙な「何か」があるのを目にした。
それは方向転換のたびにブラッ、ブラッと揺れ動く集合体であった。
小型船アシ号の左舷、右舷には、網で吊るされた人間が密集していた。その数はおよそ40人なるだろう。彼らは全員、アルカネット帝国軍の紺色の軍服を着ている。
街のどこかで拾ってきたのだろう。狼の紋章が施してある帝国軍の旗が、大漁旗のように高く掲げられており、潮風にはためいていた。
アルカネットの兵士たちが、生きたまま磔にされているのだ。
クラァラは「ヒッ!」と悲鳴を上げる。あまりのおぞましさに、思わず望遠鏡から顔を離した。
「奴らは兵士を人質にしてる!」
その状況報告に、メアリックも驚いて鈍色の前髪越しの目を見開く。
軍人になって以来、10代後半という若さでありながら何度も荒事に立ち会い、場数を踏んできたクラァラたちでも、水軍がとった行動には度肝を抜かずにいられなかった。
「これじゃ人質を巻き込んでしまうわ、作戦は中止! 火属性のマテリア術なんて使えるわけないじゃない!」
クラァラは青ざめた顔で、フレイミヤ・バーン派の兵士たちに命令する。このまま炎のマテリア術「フェニーチェ・グローリア」を発動させれば、人質まで焼き殺してしまうのは、火を見るよりも明らかである。
「僕らも下手に動けない……」
ハイドロディウス派の兵士を指揮するメアリックも、弱々しく呟いた。炎より若干パワーの劣る水のマテリア術でも、この至近距離では人質を巻き込んでしまう。
当然、砲弾での攻撃も人質を殺しかねない。艦橋でも判断を下しかねているのか、甲板の乗組員たちも慌てふためいているようだった。
小型船は今もなお、磔にした兵士を見せつけるように、ジグザグに航行する。
「クソッ、最悪だ!」
ブレンは怒りの感情を吐き出した。その表情に、偵察船を撃沈させたときの余裕はない。
「何だって奴ら……ッ、よくもこんな卑怯な真似ができるな! ポリシーねぇのかよ!」
その疑問は皮肉にも、彼が以前メアリックと何気なく交わした会話の中に、正解があった。アルカネットとベリロナイトでは、文明のレベルが200年離れているという話だ。
文明にそれだけの差があるということは、社会のありかたや人権意識、生命倫理も何もかも違ってくる。
近代の文民統制された武官が、中世の海賊じみた野蛮人を相手に戦うようなこの事態に、シバルバー部隊は全員めまいを覚えた。
しかし当の『野蛮人』たちには、その自覚はない。
「やった、アルカネット軍の動きが止まったね!」
タラッサは満足げな笑顔を浮かべ、拳を握りしめ、ガッツポーズをとった。
プリムローズも頬の横で両手を合わせて、天真爛漫に喜ぶ。
「やっぱり思った通りだわ。アルカネットの軍人は、味方を殺せない!」
プリムローズは、警備隊が水軍を足止めするためにカルチェラタンの住人を人質にした一件から、逆にアルカネット帝国では同胞を人質にされる行為を嫌うことを学習したのだった。彼女にとって警備兵を盾にするのは、「ちょっとした意趣返し」といったところだ。
「ウゥ……!」
「いっそ殺してくれ……」
船がジグザグに進むたびに海水を浴びせられ、船体に身体をぶつける警備兵たちは、苦しみに悶えていた。
そんなことは気にも留めず、少女2人は両手でハイタッチをした。
「いぇーい!」
戦場にいるとは思えない無邪気さである。
「……」
少し離れたところで、ディエゴが渋い面持ちで彼女たちを見つめる。あらかじめ作戦内容は知っていたが、少女たちが嬉々として人質を見せつけるのを実際に目の当たりにすると、道徳が欠如しているように思えて気分が沈んだ。
(でもこんな気持ちになるのも、俺が男だからなんだろうな。力の弱い女が自分自身を守るためには、こういうなりふり構わねぇセンポーとらなきゃ駄目なのかもな……)
彼は自身にそう言い聞かせ、複雑な心境を飲みこんだ。
そこへ、哨戒船カガミ号の旗信号を解読した水兵が駆けつける。
「姐御から伝言来ました! そのまま先頭の駆逐艦を引きつけろ、と!」
タラッサは頷いた。
「わかった、ジグザグで進んで奴らを引きつけるよ!」
「あいよ!」
操舵手は舵を切った。
カガミ号を筆頭に計3隻の中型船が、シバルバー部隊の乗っている駆逐艦の左右を挟み撃ちにするように、帆でスピードを調節しながら、じりじりと接近する。
ゾーイが大声を張り上げた。
「大砲、用意!」
「合点でぇい!」
水兵たちは一斉に砲台の車輪を押した。その数およそ60門である。なかには警備隊から鹵獲したものもあった。
「姐御、いつでも撃てますぜ!」
水軍頭領の妻は不敵な笑みを浮かべる。
「ようし、射程距離まで近づくよ……!」
数十メートル後方で輸送船を守る駆逐艦の見張り番が、回り込むように接近してきた中型船を察し、伝声管の蓋を開けた。
「まずい、前方が挟み撃ちにされるぞ! 至急、前進せよ!」
だがもう遅い。
「撃てぇぇぇぇぇーッ!」
ゾーイの一言で、60門の大砲全弾が、駆逐艦に撃ち込まれた。
ドォオオオオオオオン! と轟音が大海原に響く。
駆逐艦は爆風に煽られ、右舷と左舷の両方に被弾した。




