第七章 独白にも似た
アシ号の医務室。木椅子に座っていたミルコは、突然スクッと立ち上がった。天井を見上げながら、唇をすぼめてウゥ~! と野太い唸り声を上げる。
「シバルバー部隊きます、シバルバー部隊きます」
テーブルを挟んで向かいに座るユージンは、包帯やガーゼ、消毒済みの道具を卓上に並べながら訊ねた。
「シバルバー部隊、何人来ますか?」
彼は少年に合わせて、言葉をできるだけ二語文にする。
ミルコはドワーフの医師と目を合わせず、指揮棒のように人差し指を振って答える。
「いっぱい。いっぱいシバルバー部隊きます、シバルバー部隊の、いっぱいいっぱい、こレくしょン」
該当するものが複数の場合、彼は「いっぱい」という表現を使うのだ。
ほう、と相槌を打ちつつ、ユージンは薬品の入った小瓶――アンプルを手に取り、数を確認している。その悠然とした振る舞いは、敵が迫り来て海戦直前の戦艦にいる者のそれではなく、閑散期の町医者のようであった。
「炎と水、どっちが先ですか?」
ふと、ミルコにまた質問を投げかけた。
「ほのお」
「当たりやわ」
ユージンは口端を上げて、フッと小さく笑った。自分の読みが当たったことを確信する。
「シバルバー部隊きます! シバルバー部隊きます!」
ミルコは再び天井を見上げ、ウォオオオオ~と奇声を上げ何度もその場で跳びはねた後、両手をパチパチと打ち鳴らした
さて、場面は再びアシ号の甲板に戻る。フォアマストの見張り台から、望遠鏡を覗きこんでいた水兵らが「うおっ」と、弾かれたように身をすくめ、下に向かって大声を張り上げた。
「船が見えました! 船3隻! 12時の方向、およそ50メートル先!」
「船が3隻ィ! 方向、12時ィーッ!」
甲板に立つタラッサは、すかさず後方の操舵手へ振り返る。
「とぉおおおりいいいかじー!」
『取舵』という言葉を異様に長く伸ばした。波の音など周囲の環境音に掻き消されないように、このように発音しているのだ。
「あいよ、お嬢!」
舵の操作を任されている中堅の操舵手は、逞しい両腕で舵を左に回した。すると船体がグググ……と少しずつ動き、船首がザババと波を掻き分ける。やがて迫る敵艦へ斜に構えるように少しだけ左折していった。
「わわわ……」
バランスを崩しかけたプリムローズ王女の肩を、騎士のオリバーは背後から支えた。彼自身、突然の左折には面食らっていたが。
「針路を変えた、ですと?」
「敵に突っ込むんじゃねーのか?」
ディエゴはタラッサに直接、疑問を投げかけた。
タラッサは自信ありげに腰に手を当てる。
「こうやってジグザグに走ったほうが、まっすぐ直進より、大砲で撃たれにくいんだよ」
なるほど、とディエゴたちは納得する。ちなみに『取舵』が左折、『面舵』が右折である。
「これからめっちゃ揺れるから、どっか掴まってて!」
彼女と水兵たちは慣れているので、揺れる船の上でもまるで陸地にいるかのように、肩幅ほど両足を開いて立っていられるが、プリムローズはオリバー、ディエゴとともに身を屈めて欄干に掴まった。
見張りの水兵が叫ぶ。
「敵、およそ40メートル!」
「40メートル!」
敵艦との距離が縮まっている。
「おもぉおおおかじーッ!」
今度はタラッサは、『面舵』と叫んだ。舵は右方向に傾く。
揺れる船内でミルコは興奮したのか、ウォオオオオ~と奇声を上げて跳びはねた。
「ふね、ゆれてる! ふね、ゆれてる! うみ、うるさーい! うるさーい!」
彼の言う「海がうるさい」とは、揺れの激しさに対する不快感を、彼なりの語彙で訴えているのだ。普段なら乗り物は好きなほうだが、船の予想外の動きにパニックを起こしかけていた。
「ウゥ~! うみうるさーい! ハいドろディうス、えアぞフ、グランディーナさま、フれいミや・バーん、よんだいげんそ、かみがみのらいごう!」
ユージンは動じずに、不穏状態になりかけた少年に声をかける。
「そうだね、海うるさいね。ベッドでお休みしますか?」
「しないッ!」
目を見開いたミルコは食い気味に拒否する。
「じゃあ椅子に座ろうか。椅子のほうが安心ですよ。椅子は安心」
「いすは、あんしん……」
ミルコはユージンの提案に従い、自分の席に戻る。両手で耳を塞いで、顔を横に振る。
「ウ~。いすは、あんしん。いすは、あんしん……」
自分に言い聞かせるように、ユージンの言葉を繰り返した。船の揺れにまだ不快感を示すものの、数分かけて落ち着きを取り戻した。
ミルコの不穏が治まりつつあるのをさりげなく確認したユージンは、フゥと息を吐くと、気分転換に話題を振った。
「ミルコさん。実は私、マテリア術に興味がありまして。以前アテラ教の寺院にお参りした際、自分にマテリア術が使えるか調べてもらったことがあるんですよ」
「ユージン、マテリア、ない」
ミルコは遠慮なくハッキリと言い切る。
「そう。炎、水、土、風、四大元素のいずれにも適性がありませんでした。使えたら何かと便利だと思ったのですが、残念。マテリア術というのは先天的な素質のある、限られた人しか使えないのですよね。そのうえ、素質のある人らでも、数年は修行をしないと使いこなせへんて話でしょう?」
ユージンは感慨深げに、ひとり頷く。
「そないな貴重な人材を今から減らすなんて、罰当たりとちゃいますかねぇ……。あの世でアテラさんにしばかれへんか、ちょこっと心配ですわ」
「むずかしい」
ミルコは二語文以上の話は理解しきれなかったのか、単に会話自体が面倒になったのか、おざなりに返事した。だが完全に不穏が治まったようだ。
もし医務室にミルコ以外の人間がいたら、先ほどのユージンの独り言に似た話に、表情を曇らせていたかもしれない。




