第七章 クラァラの提案
「僭越ながら艦長」
クラァラは沈黙を破り、発言する。
「敵のマテリア使いは現在のところ、水属性と土属性が確認されております。奴らは大雨や地震によって我々を足止めしていますが、この際いっそのこと敵に接近し、攻勢に出るべきではないかと存じます」
艦橋にいる通信士や乗組員は、何を馬鹿なことを言ってるのだと批難の目でクラァラを睨んだが、ツンとすました彼女に代わりに、ブレンが睨み返した。
「風属性のマテリア使いはいないと聞いたが、何か策があるのかね」
艦長は彼女に意見を促す。
クラァラはコツン、と靴音を鳴らして胸を張った。
「まず我が隊の火属性のマテリア使いが、敵の船に炎の攻撃を仕掛けます。すると向こうの水属性のマテリア使いが、船の消火活動を優先させるでしょう。その前に我が隊の同属性のマテリア使いがこれを封じるのです」
「土属性のマテリア使い相手には、どうする」
副艦長の発したこの場の誰もが抱くだろう疑問を、彼女は振り向きざまに解消する。
「相克関係上、土属性のマテリア使いは水属性を打ち消すことができますが、土属性が打ち消しをすると、向こうの水属性の術ごと打ち消してしまい、消火活動の妨げになるのです」
複数の属性のマテリア術が同時に発動したとき、術者の意図とは関係なしに、相克関係で有利な属性の術が、不利な属性の術を打ち消してしまうのだ。
「つまり、土属性のマテリア使いに直接対抗できる手段はなくても、土属性を封じ込める状況を作り出そうというわけか」
艦長がまとめた要約に、クラァラは「その通りです」と頷いた。
「封じ込めている隙に、砲弾での追撃が可能かと」
「……専門家からして、この作戦におけるリスクは、どういったものが挙げられるか?」
艦長は次に、水属性の使い手であるメアリックに質問した。火属性の使い手のクラァラとは別の視点の意見も聞くつもりなのだ。
メアリックは艦長に向かって姿勢を正す。
「火属性が攻撃を仕掛けた直後、向こうのマテリア使いが技を発動させるより先に、我々水属性が技を出すというタイミングの見極めが非常に重要になるでしょう。タイミングが早いと味方の火属性の技を打ち消してしまいますし、遅いとこちらの技が敵に打ち消されてしまいます」
「ならばメアリック。貴方たち水属性は、私たち火属性が発動した直後に合図を出すから、そのタイミングで発動してちょうだい」
クラァラの言葉に、メアリックは肩をすくめる。
「やれやれ。フレイミヤ・バーン派に先駆けの功名を譲るとしよう」
すると艦橋にいた士官のひとりが異を唱える。
「その案は危険です。先ほど地震を起こしたマテリア使いが、こちらの接近を許すとは思えません」
だがクラァラは、自分よりも階級の高い士官に食い下がった。
「お言葉ですが、このまま膠着状態が続くとなると、敵の次なる攻撃をみすみす受け入れてしまっているのと同じです。リスクを承知で進むべきかと存じます」
「……凍れる軍楽の雌犬が」
士官は彼女に暴言を吐き捨てた。
次の瞬間、ブレンの手刀顔面打ちがゴッ! と鈍い音を立てて、暴言を吐いた士官のこめかみに当たった。
さらにブレンは下段回し蹴りを士官の内股に当てて態勢を崩し、みぞおちに素早くワン、ツーと流れるような左右ストレートと渾身の左フックを繰り出して、鎖骨にも手刀を当てて、最後にもう一度みぞおちに膝蹴りを入れた。
「ウグゥ……!」
ブレンに暴力を振るわれた士官は、腹の辺りを手で抑えて小さく呻きながら、うつ伏せの状態で床に倒れ込んだ。
突然の乱闘騒ぎに艦橋の水兵たちは困惑し、ある者は士官に同情して憤り、またある者は呆れた様子で傍観している。
「ブレン!」
クラァラは咎めるように彼の名を叫んだ。
「だけどこの男は、君を侮辱したんだぞ!」
ハー、ハー、と肩で息をしながら、ブレンは乱れた茶髪を整えた手で、倒れた士官を指差す。
クラァラはますます声を荒げた。
「馬鹿ね! ちょっとぐらい嫌味を言われたって、今さら気にならないわよ。総本山の僧侶たちのほうがよっぽど陰湿だったんだから」
プライドの高い彼女にとって、取るに足らない三下の暴言に対していちいち庇われるのは、か弱い女扱いされているようで、むしろ気に障るのであった。
メアリックが溜め息を吐き、2人の言い合いに割って入った。
「あのさ。まずは艦長に謝罪しないと、こちらの体裁が整わないんじゃないかな」
クラァラは慌てて頭を下げる。
「艦長、小官の部下がこちらの士官殿にとんだご無礼を働いてしまい、大変申し訳ございません! どうかお許しを!」
ブレンとメアリックの2人も続いて頭を下げた。ブレンは渋々といった表情だったが。
艦長は面倒そうに掌をかざした。
「いや……先に無礼な事を言ったのは、こちらのほうだ。すまなかった」
「いいえ、手を上げた小官の部下がいけないのです。部下には後ほど厳重に処罰いたします!」
艦長は掌を振って、クラァラたちに顔を上げさせた。
「処罰より何より、私がシバルバー部隊に求めているのは、この状況の打開だ。卿らの提案を許諾しよう。先ほどの件を悔いるなら、武勲にて挽回するがよい」
「はっ!」
3人は胸の前で両腕を交差する、アルカネット式の敬礼をして、艦橋を後にした。