第七章 捕えた警備隊の使い道
プリムローズ一行はミルコ聖人の大地のマテリア術で警備隊駐屯基地を完全に封鎖した後、司令官代理の誓約書を携えて港に戻ってきた。
港では水軍頭領ドミニクと、その妻ゾーイが笑顔で彼女たちを迎える。
「プリムラ、タラッサ。あたしらが警備隊と戦ってる間に、あんたたち人質を助けに行ってくれたんだって? ありがとう、助かったよ」
「おかげでこっちも片が付いたぞ~。今からやっつけた警備隊の奴らを全員、火あぶりにするところなんだな」
ドミニクが親指で指差した先の浜辺では、負傷した警備兵が手足を縄で縛られ、砂の上に転がされている。その数はおよそ40人を超える。まるで人質にされたカルチェラタン市民と立場が逆転したかのようだ。
水兵の男衆は壺を手にして、彼らにまんべんなく油をバシャバシャと振りまいた。
「もうお前ら絶対に許さねぇから!」
「マジで火あぶりにすっからな、覚悟しとけボケが!」
男衆の怒号と共に、油の匂いがモワァッと辺りにたちこめる。
拘束された警備兵たちは身動きがとれないようで、ほぼ無抵抗の状態で油まみれになっていく。
「うぅ……う……」
彼らは血まみれで呻き声を絞り出すしかできない。
「ケガ、してる。ケガ、いたーい」
ミルコは火あぶりの意味を知っているのかそうでないのか、何でもないような顔と間延びした口調で、浜辺の警備兵らを指差した。
「……そうだな」
ディエゴは眉間にしわを寄せながら、少年に同意する。戦闘民族であるオークの彼は戦争の厳しさについて心構えをしているはずであったが、やはりそれでも残酷な出来事に直面すれば、微塵の戸惑いもないというわけではなかった。
火あぶりは様々な処刑のなかでも、特に苦しみが長引く方法なのだ。
プリムローズも油まみれの警備兵たちを哀れに思い、水軍頭領夫婦に提案する。
「お待ちくださいな、あの人たちを火あぶりにするのはまだ早いですわ。彼らには、もっと有効な使い道があると思うのです」
「使い道?」
ドミニクはゾーイと互いに訝しげな顔を見合わせる。敵は皆殺しにするのがカルチェラタン水軍の鉄則だ。王女の意見はそれに反している。
「また何か思いついたってわけ?」
タラッサはサイドテールの黒髪を揺らしながら、友達の話に耳を傾ける。
プリムローズは彼女の言葉に頷くと、その場にいた全員と視線を交わしつつ、話を始める。
「警備隊を封じることに成功したとはいえ、帝国海軍やらシバルバー部隊やら、私たちはこれからも強敵との戦いを強いられている状況に変わりありません。帝国の艦隊と真正面から戦うのは厳しいと、水軍の方々はそう仰っていましたね」
ドミニクは静かに頷いた。敵のほうが兵力でも物量でも有利なのは決まりきったことだ。
「そこで思いついたのです。相手がこちらを攻撃しにくくなれば、勝てる道筋が見えてくるのではないかと……」
「その方法とは……?」
次の戦いに勇むオリバーが結論を急ぐ。ユージンは何も言わずに目を細めて微笑みを浮かべた。
プリムローズは花弁のような唇を開く。
「あの警備兵たちを生かしたまま、水軍の船のへりとか舳先に吊るしておくのはどうでしょう? ほら、ちょうどカルチェラタンの家庭で魚を干すみたいに。やってきた帝国の戦艦に対し、『我々を攻撃するなら貴方たちの仲間も巻き添えになりますよ』とアピールするのです!」
「アイツらを人質にするってこと?」
タラッサは目を丸くした。
名案を閃いたと言わんばかりに自信に満ちた王女は、赤みがかった金髪の頭を横に振る。
「いいえ、人質ではないわ。それでは警備隊の真似ですもの。盾です。命の宿った盾」
人質と人間を盾にすることの違いが、プリムローズの脳内では明確に線引きされているようだ。
「じゃあ警備隊を火あぶりにするのをやめて、奴らのやったことをお咎めなしにするつもりかい? 街の皆がそれで納得するとは思えないけどね」
ゾーイが厳しく指摘すると、プリムローズは飴色の瞳を潤ませながら、胸の辺りで両手で握り拳を作る。
「私は……自分のことを積極的に抹殺しようとしてくる人から身を守るためなら、その人の命を奪ってもいいと思っています。ですが、もうすでに危機が去ったにも関わらず必要以上に相手を殺害しようとするのは、良くないことだと思うのです。それでは義勇十字団や帝国軍のような外道となってしまうからです。火あぶりよりぬるいかもしれませんが、死ぬより苦しい制裁を与えれば、生かしておいてもいいではありませんか……!」
純真さを捨てきれない少女の懸命な訴えに、ゾーイは苦笑しつつ肩をすくめた。
「甘いね。まぁ……外道を相手取るのに、自分まで外道に堕ちることはないか」
「おーい、火あぶりは中止だぁ~!」
ドミニクは男衆に火あぶりの準備をやめさせに行った。
「ありがとうございます……!」
プリムローズはホッと安堵したような笑みを浮かべる。彼女は世界の残酷さを知ってもなお、彼女なりの人道を歩んでいきたいのだ。
「えぇ……船にくくりつけられても死ぬだろ……」
「良いアイデアですね」
困惑するディエゴの呟きを賛成の声で遮ったのは、意外にも忠実なオリバーではなくユージンだった。
「実は戦争史においても、捕まえた敵を盾にする戦法というのは実際に何度も行われてきたのです。突飛な意見というほどでもありません。何度も行われていたというのは、それだけ有効な手段であるという裏付けになりましょう」
ドワーフの医師に賛同され、プリムローズは少し気分を良くした。だが彼は「ですが」と付け加える。
「相手はあの帝国軍です。盾になった兵士ごと攻撃する可能性も無視できません。そこで私は、王女殿下のアイデアをさらに補強する方法を提案いたします」
ユージンは人の良さそうな微笑みを浮かべたまま、眼鏡の奥の目を光らせる。
「一戦交える前に、書簡を送りましょう。ベリロナイトの領内にいるという、帝国海軍のヴィンター中将宛てに」