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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第七章
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第七章 市街戦・終


 プリムローズとタラッサは、廊下で待っていたオリバー、ディエゴと合流し、建物の外に出た。


「交渉の末に、なんとか休戦をとりつけました」

 プリムローズが誇らしげに誓約書を見せびらかすと、オリバーはおお、と感嘆の声を上げる。

「アルカネットの軍人に対し、交渉で勝ち取られるとはお見事であります!」


「あれって交渉……だったのかな?」

 タラッサはサイドテールの黒髪を揺らしながら小首を傾げて、複雑そうな笑みを浮かべた。振り返ると、こちらが一方的にまくしたてて、司令官代理が渋々引き受けただけのやりとりだった気がしたのだ。


「思ったより時間かからなかったよな。向こうもずっと戦いを続けるのはしんどいってハンダンしたんじゃねーのか?」

 ディエゴはプリムローズたちが無事だったのに安心しきって、気楽そうに頭の後ろで両手を組んだ。


 すると芝生のほうで負傷兵の手当てをしていたユージンと、彼に手を引かれてミルコが近づいてきた。

「応急処置は終わりました」

「シバルバー部隊もうすぐカルチェラタン。シバルバー部隊もうすぐカルチェラタン」


 プリムローズは頷く。

「それでは港に戻りましょうか」

「いよいよ、輸送船を乗っ取らないとだね……!」

 タラッサは拳を固く握り締める。


 これでようやく警備隊と帝国海軍の両方と戦わなくてはならないという、二正面作戦のリスクは回避できた。しかし未だ戦況は有利であると言い難い。


「シバルバー部隊もうすぐカルチェラタン。シバルバー部隊もうすぐカルチェラタン」

 一同が駐屯基地の正門を通過したとき、ミルコ聖人は人差し指を振りながら、先ほどと同じ言葉を繰り返した。


 ディエゴは「わぁってるって」と、投げやりに返事した。

「てかボウズ、今まで『シバルバー部隊』って言ってたのか」


「そうだわ、ミルコさん」

 プリムローズは何か思いついて両手を叩くと、ミルコに話しかける。

「この基地をまるごと、大きな樹で覆ってくれるかしら?」


「ジリョーニィ・バーシュニャ」

 少年は間髪入れずにマテリア術を唱えた。


 次の瞬間、ゴゴゴゴ……という重くのしかかるような轟音とともに、大地が激しく上下に揺れる。立っていられなくなった一同は、それぞれ頭を両手でかばいながら伏せた。


 道路の数十ヵ所の石畳に亀裂が入り、砕かれ、地面が小山のように隆起していく。

 そこから直径10メートルほどの太さの木性の(つる)がグングン生えて、絡み合い、ドーム状に伸びては息つく間もなく基地を囲い、屋根の如く覆い尽くしていく。


 空が欠けていることに気付いたフランツは、昼なのに暗くなった「屋外」を走りながら、蔓で基地が完全に封鎖される前に正門へ向かった。


 案の定、正門前にはプリムローズ王女一行がいた。

「何してんだ貴様ら!」

 フランツが叫ぶと、プリムローズは蔓と蔓の隙間から微笑みを浮かべる。


「フランツさん。貴方たち警備隊はもう、次の戦いにはついてこれません。この中でじっとしていて下さい。私たちは警備隊とは戦いません。だから貴方たちにも、これ以上カルチェラタンの人々を傷付けてほしくないのです。お互いにヒートアップしているので、落ち着くまでここは物理的に距離を置きましょう」


「馬鹿じゃねぇの! 閉じ込められたら、物資の補給ができないだろうが! ただでさえ今は物資の消耗が激しくて、薬と食糧は……」

 大通りの店から調達しているのに……、と彼が言い切る前に、正門は完全に太い蔓で塞がれた。延ばした左手は空を掴む。


 警備隊駐屯基地はもはや蔓の檻に閉じ込められた、緑の密室と化した。


「……」

 フランツは膝から崩れ落ちた。背後ではパニックを起こした兵士の悲鳴が聞こえる。

「どうなってんだよ!」

「閉じ込められたのか? 嫌だあああああ!」

「暗くて負傷者の容態が確認できない、明かりを持ってきてくれ!」

空を覆う蔓の隙間から零れる細い光が、その悲惨な光景をぼんやりと映す。1時間後、暗がりの中で正気を保っている兵士は、何人残っているのだろう。


「……最悪の事態ってのは、常に更新されていくんだな」

 絶望したフランツは、苦虫を噛み潰したような顔で言い捨てた。だがその最悪の事態を招いたのは、他でもない彼ら自身なのだ。


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