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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第七章
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第七章 勇敢なる革命家諸君


 白百合亭でヴィンター中将暗殺未遂事件が起きたのと同じ頃。


 カルチェラタンの関所のほうから、ひとりの男が血相を変えて街道へ飛び出した。

「大変だー!」

 走る男が振り上げる腕には、黒い刺青が彫られている。ベリロナイトの国章である百合の花に、剣を突き立てたその刺青は、反王政派組織のあかしだ。


 カルチェラタンの手前にある街道3キロを野営地として占拠している、およそ200人もの義勇(ぎゆう)(じゅう)字団(じだん)は、仲間のひとりがもたらした凶報に一斉にどよめいた。


「……カルチェラタンの警備隊の責任者が今朝、自決したってよ! プリムローズ王女と水軍に負けそうだからつって!」


「マジかよ……」

 彼らは驚くよりほかなかった。つい先日までは、警備隊に王女の首を先にとられてしまうのではないかと懸念していたが、まさか返り討ちに遭うとは予想だにしなかったのである。

「警備隊、ぶっちゃけ弱くね?」

「いや、水軍がクソ強いのかも……。一体どんな手を使って戦況を有利にしたんだ?」

「よっぽど士気を爆上げしないと不可能だろう」

「オークがいるんだっけか。これは俺たちも油断できないぞ……」

 テロリストたちは議論を交わすものの、プリムローズ王女自らが棍棒(メイス)を手にとり、市街戦に参加していたのを予測できた者は誰もいない。


 ざわつくなか、ある者が立ち上がり、挙手をした。

「提案する。皆でエリクシールを飲まないか?」

 それは決戦を前に、自らの死を覚悟するときの最終手段である。死後に魔獣となってでも王女を抹殺しようという提案だ。


 その恐ろしい提案が挙げられた瞬間、義勇十字団の団員はそれぞれに躊躇(ちゅうちょ)や葛藤の表情を浮かべた。臆病者とそしりを受けるのを避けたいがために、誰もが反対を言い出せず口を閉ざしている。


 提案者の近くにいた男だけは、顔を引き()らせながらも、ハッ、と鼻で笑う。


「10年戦争の再現でもするつもりか。バクストン6世がまだ生きていたとき、騎士団が健在だったときなら、エリクシールを飲むという選択もあったろうさ。だが王女といっても、たかが15歳の小娘ひとりを抹殺するのに、そこまでのリスクをとるか?」


「そのたかが小娘に、警備隊が苦戦したんだ。軽く見ていい事態じゃない。魔獣になればオークを(しの)ぐ力が手に入るんだ」


 提案者はそう言い返すと、懐を探り、白い薬包紙を取り出した。


「……!」

 鼻で笑っていた男は、それを目の当たりにして、思わず身体を仰け反らせた。とうとう、なけなしの虚勢も使い果たしてしまったようだ。

 薬包紙は彼の胸ポケットにも入っているが、彼自身は使う気になれなかった。


 死後に魂は冥界へ導かれ、穢れを浄化されたのちに転生するという、ミハト教の死生観を持っているベリロナイト人にとって、本来エリクシールによる魔獣化は、宗教的倫理観に欠いた忌避すべき行為なのだ。

 たとえ義勇十字団への忠誠とを(はかり)にかけても、なお嫌悪感のほうが重い。


 しかし提案者は、何てことはないという風に薬包紙を広げると、その中の白い粉薬を口に含んだ。薬の苦味とともに、後戻りできない後悔をも飲みこむ。

 そして革袋に入った水を一気に飲み干すと、彼は湿った唇を腕で強く拭った。


「……皆、とりあえず俺はエリクシールを飲んだぞ。俺が死んだら、致命傷を負った場所を誰か覚えていてくれ。魔獣になって、制御しきれないほど暴走したとしても、(コア)を突けるように」


 彼は爽やかな笑みを作ってみせたが、周囲は沈痛な面持ちで頷くしかなかった。


 こうして、死後は異形の者となることが定められた革命家は、拳を天に高く掲げた。その手の甲には、義勇十字団の刺青が彫られている。

「あの関所からプリムローズ王女が逃げ込んできたら、必ず抹殺しよう!」


「……ああ……!」

「そうだ、王女なんかに負けるわけにはいかない!」

「オークがなんだってんだ!」

 彼の強い言葉に、他の団員たちは少しだけ気分を取り直し、士気を高めた。


 だが彼らは知らない。

 彼らの次なる敵はプリムローズ王女ではないことを。


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