第七章 応援部隊
応援部隊の前に突然、奇妙なゼンマイ仕掛けの人形が飛び込んできたのだ。
兵士たちは一様に驚いたものの、早く仲間のもとへ駆けつけたいという焦りの気持ちが強かったので、怖気づくことはなかった。
ただフランツだけがひとり、人形をいぶかしげに注視していた。
彼は直感的に、プリムローズ王女が昨日持っていた、謎のクロスボウが脳裏によぎったのである。
「何だこれは、邪魔くさいな!」
ひとりの兵士が人形に近づく。
「あっ、駄目……ッ!」
フランツの制止は一拍遅かった。苛立った兵士は人形を叩いてしまったのだ。
その瞬間、からくり人形『鉄砲玉くん』の安全装置が解除されて口が開き、180度回転連射が始まった。
「ギャアアアアア!」
ダダダダダッという絶え間ない発砲音とともに、前方にいた警備兵がひとり、またひとりと被弾して倒れていく。
戦線が崩壊する前に、軍曹は兵士へ喝を入れた。
「怯むな! 走れ! 走れぇーッ!」
予想外の出来事に目を白黒させていた兵士たちは、上官の声で我に返ると、人形の射程圏外へ無事に回り込み、港を目指して走り出した。
軍曹は少し振り返ると、後ろからついてくる部下たちをざっと数えた。何名か死傷者が出たが、まだ14、5人は残っている。
なかにはフランツのように片腕を封じられているような負傷者もいるが、彼らをできるだけ無傷に近い状態で、この先の激戦地まで送り込まなければならない。
それが応援部隊の指揮を任された彼の責務である。
乱れた隊列を整えさせようとしたとき、軍曹の頭上をどこからか火炎瓶が飛んできた。
「軍曹!」
いち早くそれに気付いたフランツが叫ぶが、彼はまたもや間に合わなかった。いや正確に言えば、軍曹はとっさに凶悪な落下物を避けることは成功した。
だが地面に落ちた火炎瓶は割れたのと同時に爆発し、炎を上げながら破片を飛び散らせたのだ。火炎瓶の鋭い破片は軍曹の胴体に突き刺さった。
「グアアッ……」
軍曹は痛みのあまり、その場で膝をついた。土気色の顔をしている。
「軍曹ッ!」
フランツは躊躇せず、炎に囲まれた彼に駆け寄った。
膝をついた軍曹はくぐもった声で呻きながら、腹に刺さった破片を自力で引き抜くと、大量に血が噴き出した傷口を両手で抑える。
「……すまん、胸ポケットに痛み止めがある。飲ませてくれ」
喉から絞り出したような掠れた声で発せられた言葉は、命令というより懇願に近かった。上官の意図を察したフランツは、無力感に打ちのめされながらも従う。
アルカネット軍で支給されている痛み止めは、脳神経を抑制する非常に効果の高い薬剤だが、同時に強力な依存性と毒性がある。
つまり「助かりそうにない」場合の、唯一の救済措置である。
飲めば魔獣と化すエリクシール剤を兵士に配ったかつての旧ベリロナイト軍と、どちらが良心的といえるだろうか。
火の手が広がるなか、服薬した軍曹は濁っていく両眼で、目の前の狙撃手を捉えた。
「カルナー上等兵、お前に指揮権を託す。兵を率いて、港にいるだろう仲間の支援に向かってくれ……」
「そんな、小官は一介の上等兵に過ぎません!」
首を横に振るフランツに、彼は息も絶え絶えに語りかける。
「伍長はやられた……いいから行け」
副官は先ほどゼンマイ仕掛けの人形に撃たれたのだった。
「……了解」
フランツは上官が目蓋を閉じきる前に、片手だけで敬礼すると、立ち上がりざまに走り出す。
こうしてフランツ・カルナーは上等兵という階級でありながら、応援部隊の指揮をとることになった。
気が付くと大通りではすでに何本かの火炎瓶が投擲されたらしく、あちらこちらに火の手が上がっている。
ぼうぼうと燃える炎の熱は、体力も酸素も奪っていく。
「まとまるな、散らばれ! とにかく走れ! 落ち着け、普通に戦えば俺たちのほうが強いんだから! 勝ちに行くぞ!」
銃を撃てないフランツは片手にサーベルを携え、自身も走りながら、動揺する下級兵士を励ます。
ところが。