第七章 浜辺の死闘
一方、甲冑のオリバーと巨漢のディエゴは、二手に分かれて移動中の市街戦チームよりも早く、大通りに到着していた。
激戦を覚悟していた彼らであったが、道中まったく警備隊からの攻撃を受けず、拍子抜けしていたのだった。
しかし大通りの路地に点々と転がされた遺体を目にしたとき、2人は気を引き締めた。
「警備隊の遺体、銃で撃たれた傷のある奴が何人かいるな……」
ディエゴの短い呟きのなかに意味するものを、オリバーも正確に感じ取っていた。
「……混戦状態でしょうな。地獄の如きでありましょう」
マスケット銃を装備している警備兵の遺体に銃創があるのは、つまり味方に誤射されたということである。
訓練を受けているはずの兵士がそのようなケアレスミスを犯すほど、この先の戦いが荒れ狂う嵐のように混乱した状況であると告げているのだ。
オリバーたちは大通りの向こうにいる海戦チームと合流する直前、眼前に広がる地獄絵図に、思わず言葉を失った。
「貴様らを海に行かせるものか!」
「そこを通せ! 俺たちは船に乗るんだ!」
砂浜では怒声と絶叫が響き、血飛沫が飛ぶ。海を目指す水兵と、陸に食い止めようとする警備兵の壮絶なドッグファイトが展開していた。
血まみれになった男たちがお互いを刺し、殴り、ときには噛みつき合う。殺すかより大きな怪我を与えたほうが勝ちという暗黙のルールが確立した、およそ兵法や戦術といったインテリジェンスからは程遠い、純粋な大乱闘である。
暴力。カルチェラタンの港はたった今、暴力に支配されている。
砂塵と血風の舞う最中、水軍頭領のドミニクは愛刀のカットラスを振るい、返り血を浴びてなお船を目指して進んでいる。
だが水軍頭領たちの行く手を阻むべく、次から次へと警備兵が攻撃を仕掛ける。
「ウオオオオ邪魔だ、退きやがれッ! 死にてぇ奴は自分で死ねッ!」
血塗られた剣を片手に怒声を張り上げるドミニクからは、普段の穏やかさが完全に失われていた。
数秒のあいだ呆気にとられていたディエゴだが、逆立てたオレンジ色の髪を揺らすように首を振って、気を取り直す。
「……姫さんたちが来るまでにケリをつけるぞ、オリバー!」
「むろん承知ッッッ!」
オリバーは大剣を振りかぶって構える。
この大乱闘は猛者しか生き残れない弱肉強食、いわば男のための血で血を洗う戦いだ。彼らの王女に近づけさせるわけにはいかない。
2人は雄叫びを上げながら、激戦の砂浜へ突入した。
オリバーたちの少し後に、頭領の妻ゾーイ率いる市街戦チームの半数が、大通りの手前に到着していた。
彼女たちは現在、大通りの脇道に潜んで待機している。
「いいかい皆、焦るんじゃないよ。気を引き締めな。ここから正念場さ。作戦通り、反対側からタラッサたちが見えたら、海戦チームの応援に行くんだ。左右両側から挟み撃ちだからね」
ゾーイが戦いに不慣れな女衆を励ましつつ、戦術を説明していると、近辺の偵察に出ていた若い水兵が血相を変えて戻ってきた。
「姐さん、大通りの入り口から警備隊の援軍が来てますッ! その数は20ちょい!」
その報告に、一同はどよめいた。
「それって……このままじゃ、あたしら後ろから警備隊に攻撃されるじゃない!」
ドワーフの学者ユージンの読み通り、警備隊は援軍を用意していたのである。
市街戦チームはいま総員492人。数こそこちらが圧倒的に有利である。しかし何度も繰り返すが水軍の若手と女性だけの構成で、しかも後者が8割強を占めるのだ。銃を持った軍人にとっては寄せ集めの集団でしかなく、真正面から戦えばウサギ狩り感覚で掃討されてしまうだろう。
海戦チームの援護に行くつもりが、警備隊もさらに援軍を用意しているとは。大通りを敵味方が交互に進行していて、まるで死のミルフィーユである。
女傑のゾーイも冷静さこそ保っているものの、眉間に皺を寄せて険しい表情になった。
「しぶといね、あいつらも……!」
警備隊の援軍は、すでに大通りを進行している。
「奴らを船に乗せるな! 何としても、この大通りで決着をつけるぞ!」
「うおおおおおー!」
応援部隊およそ20名を指揮する軍曹が鼓舞すると、兵士たちは鬨の声を上げ、石畳を軍靴でけたたましく踏み鳴らす。
その隊列には、右腕を骨折している狙撃手フランツ・カルナーの姿があった。
報告を終えた水兵が、困惑した顔をゾーイに向ける。
「どうします、姐さん」
彼女は我が子より4、5歳ほど年上でしかないような新兵に不安げな視線を送られると、深く溜め息を吐いた。
「……仕方ないね。こちらが挟み撃ちにされちゃ世話ないよ。こうなったら、あたしと水兵の皆で後方の援軍を迎え撃ち、奴らの戦力を減らすよ!」
別の水兵が異を唱える。
「だけどそれやると俺たちも、かなり戦力を消耗するっすよ! 海戦チームの援護のために温存しなきゃ……」
若手といっても街の女性と比べれば戦闘経験のある水兵を、ここで消耗させてよいものか。彼の意見は至極当然だろう。
しかしそれでも、後方から迫る敵を軽視していいわけではなかった。
すると大通りの様子をうかがっていた婦人が、声を上げた。
「見て!」