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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第六章
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第六章 肉の盾大作戦


「プリムローズ王女が出たぞー! 殺せーッ!」

「何ッ! 王女だと?」

「こっちにいたぞー!」


 街のいたる場所に潜伏していた義勇十字団の団員たちは騒ぎを聞きつけると、物陰からぞろぞろと湧き出でて、栗毛の馬に乗ったプリムローズ王女を血眼になって追いかける。

「逃げても無駄だ!」

「待ちやがれ!」

「死ねー! 死ねェェェーっ!」


「これでも食らえ!」

 ときには彼女へ向かってマスケット銃が発砲されることもあったが、馬に同乗するバルトルトがとっさにマテリア術を発動し、全ての銃弾を水際で防いだ。


 しかしこれでひと安心というわけにはいかず、まるでドブネズミの大群の如くカルチェラタンの狭い街路をひしめく悪漢どもの数は、およそ50にまで達しようとしていた。


「いかん、あまりにも数が多い。このままでは(らち)が明かない……」

 疲れたバルトルトは眉間に皺をよせ、思わず独り言ちた。


 馬の後方に乗った彼は背後を振り返りつつ、いつでもマテリア術が発動できるように手を前にかざしているので、額から流れる汗を拭う暇すらない。


「あともう少しの辛抱です! もうすぐ関所に着きます!」

 前方のプリムローズは赤みがかった金髪を風になびかせながら、手綱(たづな)を握って愛馬マロンを走らせる。

 彼女には数十メートル先にある関所と思われる、白い漆喰(しっくい)の長屋を囲む塀が見えた。


 2人を乗せたマロンが関所に到着するまであと40メートル……30メートルと一気に距離を縮めたそのとき。


「うおおおおー!」

 なんと関所からも、紺色の軍服を着た兵士たちが雄叫びを上げて押し寄せてきた。

「プリムローズ王女と思わしき侵入者を発見!」


 40人前後の小隊が編成できるほどの警備兵だ。ここ数日間にわたる関所の警備強化のために、通常の人員より多く補填(ほてん)されていた兵士たちだろう。


「このまま関所を突破されてなるものか!」

「総員、出撃!」


 プリムローズが馬で関所破りをしにきたと考えた警備兵たちは、迫りくる王女へ向かってマスケット銃を構えた。

 およそ40丁もの銃口が一斉に、30メートル先にいるただひとりの少女に向けられる。


 彼女の背中越しに兵隊を捉えたバルトルトの眼は大きく見開かれ、彼は掌底(しょうてい)打ちをするように右手を前に突き出す。

「……ッ!」

 なけなしの力を振り絞り、『クリスタリン・バスティオン』を発動するつもりであった。


「撃ち方、用意!」

 指揮官に従って兵士たちが銃の引き金に指をかける。


 ところがプリムローズは待ってましたと言わんばかりの、喜色満面の笑みを浮かべた。


 彼女は突然手綱を(さば)き、マロンの胴体を両脚で抑えると、後へ方向転換させて急カーブを描くように走らせる。


 方向転換するとき栗毛の馬の尾が風を受けてファサッ、サラッと揺れる。


 すると次の瞬間、馬と交代するように、王女を追跡し続けていた義勇十字団が銃口の前に飛び出した。


 しまった、と警備隊と義勇十字団の両者が事態を把握する頃には、すでに遅すぎた。


 パァァーン! と乾いた発砲音が無慈悲に響く。


 約40発もの弾幕はすんでのところで回避した王女ではなく、大勢でまとまっていた義勇十字団めがけて飛んでいった。


「ウグァッ!」

「カハッ……!」

 集団の最前列のほうにいた団員たちは被弾し、銃創から血を流してその場でバタバタと倒れ込んだ。大人数で狭い路地に密集していたため、なかには1発の弾丸が前方にいた者の身体を貫通して後方の者にまで当たるという悲惨なケースもあった。


 結果的に彼らは意図せず、敵であるプリムローズ王女を身を(てい)して庇ってしまったのである。


 関所の前に、ここは処刑場かと見まごうほどの死屍累々の山と血の池ができた。


「……テメーら、よくもやりやがったな……!」

 難を逃れた団員たちはしばらく呆然としていたが、やがて仲間を撃った警備兵への怒りを燃やす。


「俺たちのこと舐めてんなら容赦しねぇぞボケが!」

「この腐れアルカネット人どもがよぉ!」

 義勇十字団側は罵倒しながら剣を抜き、警備隊に襲いかかった。


「クソッ……野蛮なテロリストめ!」

 やむを得ず警備隊も応戦する。

「貴様らこそ我々の邪魔をするな!」


 こうして義勇十字団と警備隊は協力関係であることを忘れ、当初の目的である王女抹殺などそっちのけで、仲間割れを始めた。




 王女と住職を乗せた馬は敵から逃げ切ると、関所に面した通りから一本外れて、水軍の寄合所に向かっていく。


 バルトルトは揉め合う罵声や剣戟の音が遠ざかっていくことにひとまず安堵したが、何とも言い難い後味の悪さを感じた。

「……あのような状況になることを見越して、()えて義勇十字団を呼び寄せられたのか」


 彼の問いかけにプリムローズは頷いた。

「私、前からずっと思ってたんです……。義勇十字団も帝国軍も、そんなに人の命を奪いたいのなら、私と関係のないところでお互いに殺し合っていればいいのにって」

 その声色に淀みはなく、本心からの言葉であることがわかる。


 彼女はあの短時間で多くの義勇十字団の者を犠牲にしたが、それは恨みのある相手を利用してやったというような負の感情に由来する報復行為ではない。

 ただ道でとぐろを巻いている蛇が邪魔だったから、石を投げつけて追い払ったくらいの感覚しかないのだ。


「……」

 それきりバルトルトは押し黙った。


 アルカネット帝国軍、義勇十字団、プリムローズ王女。第三者の視点から見て人道的に最も擁護すべきなのは、謂れのない罪を着せられ居城を攻め落とされた10代半ばのか弱い王女であろう。


 だがこの王女を敵に回す羽目になった帝国軍と義勇十字団に、住職はわずかながら憐憫の情を覚えずにはいられなかった。



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