第六章 吉報と不穏な預言
「えっ」
全員の視線が一斉に、バルトルトに集中する。
気まずくなった住職はコホン、と咳払いをした。
「ビクターは生きておる。拙僧のマテリア術にて分かった」
ドミニクとゾーイは脱力しきって、すっ転びそうになった。
「和尚さん、それ早く言ってくれなきゃあよう~」
「この湿っぽい空気をどうしてくれるのさ……」
「何処に居るか明確な場所は分からぬがな」
バルトルトは苦笑しながらそう付け加える。
しかしそれでもトレーシーは夫が生きているという事実に、嬉し泣きの涙を拭った。
「もう、父ちゃんたら人騒がせな……」
タラッサは何も言わず、彼女の背中に手を添えて微笑みかけた。
「ビクターが、生きてる……」
プリムローズも表情を明るくさせた。
オリバーが彼女の傍に立って、穏やかな声で話しかける。
「他の騎士も無事であるかもしれませぬな」
「よし、良い知らせもあったことだし幸先が良いじゃないか」
気を取り直したゾーイは近くにあった木箱に片足を乗せると、右腕を高く掲げた。
「このままの勢いでカルチェラタンの全総力挙げて、いけ好かない連中をぶっ飛ばしに行くよ!」
オー! と水軍の男たちも女たちも声を張り上げる。
「母ちゃん、それ俺の台詞」
ドミニクはやれやれと溜息を吐いた。
そのとき。
「キャアアアアア!」
玄関前のほうから甲高い悲鳴が上がった。
声の主、『カルチェラタン婦人の会』のメンバーである主婦が腰を抜かしている。
人だかりの最後尾にいた彼女は、寄合所の前の通りを指差した。
「い、今さっき、オーク族の男がいたんだよ! きっとほら、こないだの帝国軍の手先だよ!」
「手先じゃねぇよ」
広間が少し暗くなって皆が上を見上げれば、吹き抜けになっている天井の天窓から、ヌッと現れた大きな人影がこちらを覗き込んでいる。
「ディエゴさん」
プリムローズは知り合いのオーク青年の顔を見るなり、階段を駆け上がった。オリバーも続く。
ディエゴは決まりの悪そうに、逆立てたオレンジ色の髪を掻いた。寄合所の前に人だかりができていて入り辛くなってしまったので、屋根によじ登って天窓から声をかけたのだった。
彼はプリムローズたちが駆け寄ってくると、背中におぶっていたミルコ聖人を小脇に抱え直す。
「ボウズがよぉ。寺でじっとしてろっつっても聞かなくて、姫さんに会いに行きたいってさ」
「どうしたのミルコさん」
王女を見るなり、ミルコは天窓の枠から身を乗り出しそうなくらい、ズイッと前に出た。
「しバるバー、ぶタい、いっぱいいっぱいカルチェラタン。しバるバー、ぶタい、いっぱいいっぱいカルチェラタン。しバるバー、ぶタい、いっぱいいっぱいカルチェラタン」
「芝?」
聞き覚えのない単語を連呼されたプリムローズは、彼のたどたどしい口調も相まって、話の内容が理解できず困惑した。
「さっきからずっと、繰り返し同じことばっか言ってんだよな。芝がどうの、ブタがどうのって」
ディエゴは身を乗り出しかけたミルコを片手で抑える。
オリバーも真剣に考え込んだが結論が出ない。
「ウムム、分かりかねますな……。ミルコ殿、カルチェラタンに何があるというのですかな」
「しバるバー、ぶタい、いっぱいいっぱいカルチェラタン。もうすぐ」