第六章 真打ち登場
「あーあ。最近、雑魚狩りばかりで身体が鈍っちまいそうだな」
団員は退屈そうにあくびをする。
「油断するな。近くにエヴァンがいるかもしれない」
マルサスが窘めると、気の緩んでいた団員は肩をすくめた。
「エヴァンねぇ。本当にいるのか? もう尻尾まいて逃げたのと違うか。こんなわかりきった負け戦に、好んで参加する馬鹿はいないだろう」
「そういう馬鹿なんだよ。……俺にはわかる」
マルサスは鋭い眼差しで、マスケット銃に新しい銃弾を装填した。今度こそあの憎たらしい三白眼の男に風穴を開けてやる、という怒りが彼の中に渦巻く。
そのとき、彼らのいる地点と反対の方角からひとつの叫び声が上がった。
「退避ッ! 退避ーッ!」
どうやら同胞の声だ。
「行くぞ!」
マルサスは団員を引き連れて、声のした方向へ助太刀に向かった。
マルサスたちが駆けつけたのは、伐採地の小屋の近くである。彼らは身を屈めてとっさに木陰に隠れた。
小屋の前では、なんと3、4人の義勇十字団員が、リンボークの住民たちの決死の猛攻に押されていた。
「来るなァッ、こっちに来るなァッ!」
「ウワアアアアアーッ!」
状況を窺っていたマルサスは唖然とした。
(何だ、あれは……!)
彼は住民たちが押している大掛かりな代物に、目を逸らせずにいた。
それは4輪の台車に載せられた、厚さ15センチ超えの木の板を何枚も重ね、内側に頑丈なイノシシの皮を貼った大きな盾である。車楯という。
マルサスが見た限り、その場に車楯は4台もあった。
「死ねえええッ!」
見慣れぬ兵器に追い込まれた義勇十字団のひとりが、パニック状態になって車楯に向かって引き金を引いた。
ところが車輪のついた盾は弾丸の軌道を避けるように移動し、わずかに掠めただけだった。
「ウオオオオオ!」
1台の車楯を住民2、3人で押し、弾切れになった団員たちの四方を取り囲む。住民たちは楯から身を乗り出して、木の棒の先端を鋭く削った杭で団員を突き刺した。
「オラァッ!」
「セェイッ!」
「ギャアアアアアアーッ!」
串刺しになった団員たちは、断末魔の叫びを上げながら絶命した。
車楯の陰から地に伏した団員の遺体を見て、住民たちはハァハァと息を切らしながら勝ち誇った笑顔を浮かべた。
「やった! 俺たちで義勇十字団を倒したんだ」
「ハンフリーさんの言う通り、時間かかったけどコレ作っておいて良かったなあ!」
「ああ。常に盾を押しながら戦えるのって、安心するよな」
戦闘経験のない者は、銃声に怯んでしまうことがよくある。だが車楯なら防御したまま銃を持った敵に突進するのが可能なのだ。
「おいおい、あれって俺らのジジババ世代より古いヤツだぜ……骨董品の域だって」
木陰から一部始終を捉えていた団員が、狼狽えながらこぼした。
車楯はベリロナイト王国では古代からある兵器で、第二次カルチェラタン海戦以前はよく使用されていたが、アルカネット帝国が威力の高い大砲を開発してからは強度不足により徐々に廃れていった。
車楯からひとりが顔をのぞかせる。
「安心するのはまだ早いぞ。俺らが車楯を作ってる間に、もう戦いは始まってるんだ。他の奴らを助けに行こうぜ」
住民たちは車楯を押して、伐採地の奥へと移動し始めた。
「させるか……!」
マルサスともうひとりの団員は、木陰から飛び出して車楯を追う。気配を断ちながら、マスケット銃の射程距離までじわじわと接近した。
だが突然、目の前を何かが飛び込んできた。
「グオッ……!」
マルサスの隣を走っていた団員が、腹部から血を流して地面に倒れる。出会い頭に斬りつけられたのだ。
とっさに足を止めて攻撃をかわしたマルサスは後ずさることなく、眼前に現れた人影へ銃口を向ける。
その人影が手にした湾曲刀の血をブンッと振るい落とすと、刀身がまばゆい光を放った。漆黒の森の中で、その男だけが照らされていく。
細い眉。三白眼。
片方の口端だけ釣り上げた皮肉交じりの笑み。
一本に束ねた長い黒髪。
マルサスは男を見るなり、髪が逆立つほどの怒りがこみ上げてきた。
「……また会えたな、『エヴァン』。……さぁ、あのときの借りを返してもらうぞ!」
「何も借りた覚えはねぇ」
三白眼の男――ハンフリーがそう言い放った瞬間、マルサスは彼へ引き金を引いた。




