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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第六章
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第六章 追い出せ義勇十字団


 そのとき。


 街路樹の隙間より季節外れの一迅の突風が、男たちの背に吹き込んだ。

 風の中で舞い散るのは深紅の花弁。


 否。男たちの血飛沫であった。


「ギャアアアア!」 

 つるはしを持っていた団員は断末魔の叫びを上げ、背中から血を流しながらその場で倒れた。

 銅像の台座にベシャアッ、と彼の生温い血液がかかる。

 

 かまいたちが如き風は、花の(かんばせ)をした少年の姿をしていた。少年――もといユリエルは舞踊のような軽やかな足運びで、小回りの利くスモールソードを振りかざす。


「エイヤァッ!」

 ユリエルはハンマーを持った団員に斬りかかった。


 しかし対する団員は、手にしたハンマーで彼の攻撃をかわした。

「このッ……オラアァッ!」

 力ずくで押し出され、パワー負けしたユリエルはふらついた。腹の傷の痛みをこらえた瞬間、両足に力が入らなくなったのである。

「キャッ……!」


 すかさずハンフリーが、ハンマーを持った団員の背後に回りこみ、刀身が「く」の字に湾曲したファルカタの剣を真横に滑らせるように、ズバッと一太刀を浴びせた。

「ウォリャアッ!」


「グハッ……!」

 斬撃を受けた団員は上半身からおびただしい量の出血をし、ハンマーを手から落として地面に倒れ込む。


 ユリエルとハンフリーは互いの死角を補うように、背中合わせになって剣を構えた。

「まったく、怪我人が無茶をする。ちったぁ後先考えてくれよ」

「ごめん。でもありがとう」

 ハンフリーは棘のある言い方をしたが、ユリエルは困り笑いをしながら、彼の助太刀を素直に感謝した。


 いかつい男3人は、突然現れた剣客たちによって子分を失い、動揺を露わにする。

「おのれ貴様ら!」

 ひとりが懐から短剣を取り出すのを、あとの2人が止めた。

「待て、今は撤退するべきだ。余計な消耗は避けたい」

「他にも我々の拠点はある。こんな街はいつだって潰せるだろう」


 3人は話し合うとハンフリーらが攻撃を仕掛けるより先に、一目散に逃走した。


「おっと、逃がしゃあしねぇ!」

 ハンフリーが逃走する義勇十字団の残党へ向かって、必殺の『暗輝閃天(あんきせんてん)』を発動させようとしたとき。

『よせ、ハンフリー。そなたの身体はまだ万全ではない。これ以上負担をかければ命に関わるぞ。しばらくは王家の祝福を繰り出すのは控えよ』

 彼の剣に宿るバクストン5世がそれを止めさせた。


「……俺の身体に負担をかけてんのは、どこのドナタなんざんしょね?」

 ハンフリーは先代の王に従い剣を下ろしたものの、悔し紛れにそう呟いた。


 負傷したユリエルとまだ貧血状態から回復していないハンフリーでは、敵を深追いするのは危険だ。結局その場は、仕留め損ねた3人の義勇十字団員の逃走を許した。


 ユリエルは剣を鞘に納めると、倒れた中年の女性に手を差し伸べて肩を貸し、ゆっくりと助け起こした。

「お怪我はありませんか? マダム」

 女性の服についた砂埃を払いながら、そう訊ねる。


「いたた……ちょっと擦りむいちまったね。でも大したことないよ」


 それを聞いたユリエルは腰元のポーチからハンカチーフを取り出すと、彼女の擦り傷のできた腕にしっかりと巻いた。


「ありがとう……なんて優しいお嬢ちゃんなんだろう。剣士なのかい? こんな大変な世の中になっちまったけど、頑張ってね」

 手当てを受けた中年の女性は、微笑みながらユリエルと握手を交わすと、自宅へ帰っていった。


 もう自分は誰も守れやしないと失意に陥っていたユリエルは、女性に感謝されて目頭を熱くさせた。

「……」

 握手を交わしたほうの手をギュッと握りしめる。


 一方、ハンフリーは街の領主である初老の男性に話しかけた。


「あなた、領主さんですよね? 見たところ、この街はずいぶん帝国軍の良いようにされているみたいだが、何があったのですか」


「あんたこそ何なんだい?」

「またあの義勇十字団みたいな、変なところの差し金か?」

 周囲の住民たちは、よそ者なのに街の事情にズケズケと首を突っ込む彼に疑いの眼差しを向けたが、領主はそれを制するように前に出た。


「こんな道端で長話も何ですから……厄介な連中を追い返してくれたお礼に、お茶の一杯でもお出ししましょう。――そこのお姉さんもどうぞご一緒に」


 領主に声をかけられて、ユリエルはとっさに目尻を拭った。

「あ、はい。お邪魔します」


 今更だがユリエルは女子と間違われても訂正はしない。




 リンボーク領主の屋敷は、広場から続く石畳の道路の突き当りにある、他の家屋よりひと回り大きいくらいの朴訥(ぼくとつ)とした佇まいであった。


 来客用のソファーを勧められたハンフリーとユリエルは並んで座る。領主はある物を取ってくるといって、席を立った。


 領主の細君が淹れたティーカップの温かい紅茶を口に運んだとき、ハンフリーは久しぶりに文明社会に戻ってきた無人島の漂流者のような、深い安堵を覚えた。ほぼ一週間、野宿ばかりしていたせいだろう。


(そうか……城下町の陥落からすでに何日も経っているのか)

 紅茶に浮かぶ、やつれた自分の顔を見て、時間の経過を実感する。一度剃ったら2、3日は(ひげ)があまり生えてこない体質の彼だが、鼻の下や(あご)のほうに濃いめの産毛や何本か茶柱のような太さの無精髭が目立ち始めている。

 どおりで顎周りがむずむずと痒いはずだ、と彼はひとり納得した。


 隣のユリエルを一瞥すると、髭が生えてないどころか、野宿が続いたわりには肌つやがいい。

 年齢の違いか? こいつ俺が気を失っている間に、ひとりで美味いもん食ってたんじゃないだろうな、とハンフリーがあれこれ考えていると、領主が部屋に戻ってきた。


「お待たせしましたな……」

 領主はハンフリーたちの向かいのソファーに腰かけると、本題に入った。


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