第六章 これぞ電撃戦
「ドォオオオオリャアアアアア!」
オリバーはまず手前にいた団員の男へ、ブゥンッと風を薙ぎながら大剣を振り下ろす。
しかし。
「オリャアッ!」
いち早くオリバーの接近に反応したもうひとりの団員が、割り込むように前に飛び出し、ロングソードで彼の斬撃をかわした。
ガキィィィン……! と、耳をつんざくような鍔迫り合いの音が、大通りに鳴り響く。
だがロングソードを持つ団員より、この甲冑の騎士のほうがパワーに分があった。
刃を交えたままオリバーがグッと一歩前に踏み込むと、押し出された団員は少し体勢を崩した。
「クッ……!」
団員がそれでも後ろ足に力を入れて踏ん張るも、オリバーは鉄靴の爪先で、彼の前足の脛を引っかけるようにバァンッと蹴った。
「ウワッ!」
蹴られた団員は衝撃に耐えられず、グラッと大きく身体がよろめく。
「ドリャアッ!」
オリバーはその隙を突くかのごとく、大剣の切っ先で団員の腹を貫いた。ズブッ! と深く腹を刺された彼は、くぐもった呻き声を上げながら地面にうつ伏せに倒れる。
しかし一人斬ったところで油断してはならない。
「貴様よくも!」
2人目、3人目の男たちが続々と剣を抜き、騎士を取り囲んだ。
「ドリャッ!」
オリバーは背後から襲いかかってきた男へ後ろ蹴りを当て、振り向きざまに横薙ぎした。
「グハァッ……」
一刀のうちに斬り裂かれた男の胴体から、真っ赤な血飛沫が噴きだす。
周囲の住人たちは、突如始まった剣闘にどよめいた。危機的状況に大剣を振るって現れた甲冑の騎士に、人々は希望を見出す。
「あの鎧の人、こないだの花嫁行列にいなかった……?」
「ああ、伝説の騎士に似てる人だ!」
そしてザアッと波の引くように、人質をとった義勇十字団とオリバーから一斉に離れた。大剣はリーチが長いため、周りを気にせずに戦えるのはオリバーにとって都合が良い。
「こいつ、間違いない……。プリムローズ王女の手下だ!」
戦いの最中、義勇十字団の男たちはじりじりと間合いをとりながら、甲冑の騎士に攻撃するタイミングを見計らう。
「ハッ。鴨が葱をしょってやって来やがった」
「ぶちのめして王女の居場所を吐かせてやる!」
団員のひとりが剣を構えるために、今まで拘束していた人質の娘を、ドンッと容赦なく突き飛ばした。
「こんな女もういらねぇよ!」
「キャアッ」
「ムッ!」
強引に背中を押された娘が倒れ込みそうになったのを、オリバーは弾かれたように前に出て、左腕を延ばし彼女を抱きとめる。
そこへ団員の男たちが、卑劣にも片手の塞がった彼へ攻撃を仕掛けた。
「死ねぇいッ!」
甲冑の騎士めがけて二振りの剣が振り下ろされる。
オリバーは娘を庇うように半身をきると、右腕に持った大剣でガキィンッと斬撃をかわした。そして右足を軸にしてその場で回りながら、2人をいっぺんにズバッ、ズバッと斬った。回転斬りである。
「グアアッ……」
「ウワァッ」
2人の男がほぼ同時にドサッと地面に倒れた。
甲冑の騎士は両手で剣を構え直すと、怯えて立ちすくんでいた娘へ声を張り上げる。
「今のうちに、早く逃げるのだッ!」
「……ッ、うん、ありがとう!」
逃げろという言葉にハッと我を取り戻した彼女は、一目散に人だかりの中へ走り出した。これで人質は無事に解放されたわけである。
そのとき。
パァアアアアーンッ! と、ひとつの銃声がこだました。
頭上からの殺気に気づいたオリバーは、とっさに近くの建物の軒先に隠れたため被弾しなかった。
標的を穿ちそこねた弾丸は、石畳の地面にボゴッと穴を開けた。
(鉄砲……!)
オリバーは次の攻撃を警戒して、軒下から出ることができない。だが周囲の人々が「あっ!」と声を上げながら、彼と対角線上にある建物を指差した。
その建物の屋根の上には、マスケット銃を構えた義勇十字団の男がいるのだ。先ほどオリバーを狙撃したのは彼である。仲間が苦戦している隙に屋根に上ったのだ。
「今のはただの威嚇だ……」
男は屋根瓦に腰を落としながら、新しい弾を装填した銃を見せびらかすように掲げた。
「おい、出てこいよ甲冑野郎! プリムローズ王女がどこにいるか吐かねぇなら、ここにいる奴らをひとりずつ撃ち殺すぞ!」
そう喚きながら銃口を目下の住人たちへ向ける。通りを塞ぐほど集まっていて身動きがとれない彼らは、狙いを定めずとも誰かしらに必ず当たるだろう。屋根の上にいる男にとって格好の的である。
「ヒイッ! 今度は俺ら全員を人質にとりやがった……!」
「剣しか持ってない相手に、鉄砲使うたぁ卑怯者め!」
「タイマンじゃオスカーっぽい人に勝てねぇから、そこへ上ったんだろ? 下りてこいや、この玉無し!」
男は「黙れ!」と銃の引き金に指をかけて、丸腰でも反発する住人たちを脅した。
(いかんッ、このままではカルチェラタンの住人が撃たれてしまう……!)
オリバーは高所にいる狙撃手との戦いに勝算はなくても、身を隠している建物の軒下から出ざるを得ない。
義勇十字団の男はオリバーを急かすように、身を乗り出して声を荒げる。
「チンタラしてんじゃねぇ! さっさと出てこい、甲冑や、ろ……ッ?」
ところが男の怒声を遮るように突然、チキチキチキッ! と小刻みな音がした。その音がした途端、彼は呻きながら両膝をつく。
「ウォオオッ……!」
身体を痙攣させながらしばらく悶絶した末に、屋根から地面へドサッと転落した。
「……?」
軒下から出たオリバーは、両手で握った大剣を下ろしたまま唖然とする。
一体何が起きたのかと、どよめく野次馬たちは団員の男の周りに集まった。
「何だこれ……針?」
うつ伏せに倒れた男の背中には、うねりのある細いワイヤーに繋がれた、細長い針状の電極が突き刺さっている。
「危ないので、それには触らないで下さい」
先ほど義勇十字団の男がいた屋根の上に、もうひとりの人物がひょこりと大衆の前に現れた。
男に刺さったワイヤーを辿っていくと、彼が両手に持っている、マスケット銃よりも銃身の短いクロスボウのような物と繋がっている。
オリバーは屋根の上に立つ小柄なシルエットを見上げ、口を開いた。
「貴殿は……」
「ふむ、突貫でこしらえたわりに、正常に作動しましたね。……射程距離も威力も十分。これなら実用段階へシフトしても問題ないでしょう」
ドワーフの医師であるユージンは独り言を呟きながら、手にしているクロスボウのような道具を見つめ、満足そうに丸眼鏡越しの焦げ茶色の目を細めた。




