第六章 舶来品の店
ドアを開いたすぐ横にカウンターがあり、装飾品を手入れしていた店員が「いらっしゃいませ」とお辞儀をした。
彼の肌は現地人と比べると若干色が白く、まだカルチェラタンに来てから日の浅いアルカネット人だということがわかる。
ほんの20年ばかり前、戦後間もない頃のカルチェラタンの人々は、アルカネット帝国に対して今より反抗的であった。先述したように、2度も海戦で勝利したにも関わらず、帝国の割譲地にされてしまったからだ。
強い不満を抱いたカルチェラタンの住人は、故郷を支配しにきたアルカネット人の開拓者たちと、激しい衝突を繰り返した。
たとえばアルカネットから移住した技術者の一家が住む屋敷に、300人前後の集団が深夜に押しかけて、妻子や使用人もろとも殺害し、崖の上から遺体を投げ捨てるような事件が数ヶ月間で50件以上も相次いだ。
これらの暴動はアルカネット側にとって、皮肉にも10年戦争より多くの民間人の犠牲者を出す結果となり、カルチェラタン港の開拓事業は一時停滞したのであった。
暴徒と化したカルチェラタンの一部の住人らに対し、業を煮やした帝国軍は強硬策に出た。
75億マッチという莫大な防衛費をかけて現地に駐在する警備隊の兵士を大幅に増員し、基地のセキュリティ向上のための拡張工事を行い、マスケット銃や大砲といった最新兵器を次々と購入したのだ。
そして開拓者に反発し、夜襲を試みただけに過ぎない罪のないカルチェラタンの人々を、迫害めいた武力行使で制圧していった。
いち占領地の治安維持という役割でしかないカルチェラタンの駐在警備隊が、四大将軍が統括する主力部隊のおよそ3分の1にも及ぶ軍備を持っているのは、それだけ現地人との抗争が熾烈であったことを物語っている。
こうした経緯を経て、互いに消耗したカルチェラタンの人々と警備隊の対立関係は、わだかまりを残しながらも次第に緩和されていった。開拓者たちによる街の近代化も手伝い、現在では停戦状態を保っている。
よって、このような現地人も利用できるアルカネット系資本の商店が、街の大通りに建てられるようになったのも、つい最近のことなのだ。
「カンヅメどこだー?」
トラヴィスはまるで宝探しをするように目を輝かせ、店内をきょろきょろと見回した。壁一面に組まれた陳列棚に、所狭しとアルカネット製の輸入品が並べられている。
店内の間取りは縦長の長屋で、奥へ進むと階段がある。2階のフロアが半分吹き抜けになっており、1階からでも2階に陳列された商品が覗けるようになっている。
1階は茶葉やコーヒー豆、煙草などの嗜好品や菓子、缶詰めにされた保存食、さらには化粧品や整髪料、胃薬や熱冷ましといった大衆薬まで置いてある。
2階には小物雑貨や、カーテンや衣服を仕立てるための布地がズラリと並べている。
目当ての品を探すトラヴィスの傍らで、プリムローズは手前の棚にあった、両掌ほどの大きさの化粧箱を見つけた。
きらびやかな金箔細工の施されたそれに手を延ばし、そっと蓋を開けると、オルゴールの儚げな旋律が流れ出した。
驚いた彼女に、オルゴールの音色を聞いた店員がカウンターから、「それは帝都で流行っていましてね。横にあるゼンマイを予め巻いておくと、蓋を開けたときに音楽が鳴るんですよ」と説明した。
プリムローズは箱の側面にあるゼンマイを確認すると、美しい見た目を堪能するだけでなく、耳でも楽しめる粋な仕掛けに感心した。
(やっぱりアルカネットって、ベリロナイトよりずっと進んでいるのよね!)
それと同時に、切なさが胸を締め付けてくる。
(こんなに優れた物を作れるほどの知恵と技術があるのに、帝都の人々はなぜあんなに狭量で歪んだ思想を持っていたのかしら……?)
帝都で処刑されかけたとき、自分が冤罪だと主張しても市民から罵詈雑言を浴びせられたのを思い出したのだ。
アルカネット人、特に帝都の住人のなかには文明的な生活を送りながら、人間が生きていくうえで育んでおくべき倫理観や他人への共感が欠落した者が多くいる。彼らはまるで蟻を潰して遊ぶ子供のように、他人の不幸を喜ぶ。
その残酷な性質を持つ人々と、どう手を取り合っていけばいいか、今の彼女にはわからなかった。
感傷的なオルゴールの旋律が止まったとき、バタッ! と大仰にドアを開く音が店内に鳴り響いた。
「いらっしゃいま……」
カウンターの店員は、ズカズカと入ってきた3人の紺色の軍服の男たちを見るなり、ヒェッと怯みながら肩を震わせた。
アルカネット警備隊である。