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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第六章
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第六章 買い出し


 シャーロット王女がイスト・ノスイストを発った頃、プリムローズ王女はプリムラと名乗り、食堂ワタツミで女給として働いていた。


 今は昼食どきとあって、ワタツミには次々と客が入ってくる。


「お待ちどうさま、パエリアとカルパッチョです」

「いらっしゃいませ、こちらのお席にどうぞ。――3名様ご来店でーす!」

「はい、ご注文お伺いします」

「ありがとうございました~」


 女将に借りたカルチェラタンの伝統衣装に身を包んだ彼女は、店内を行ったり来たり、あくせくと給仕に務めた。


 カウンターの厨房では、女将のトレーシーがテキパキと料理を作り、息子のトラヴィスが食器を用意していた。


 トレーシーはカウンター越しに、プリムローズを呼び止めた。

「プリムラ、このアクアパッツァを、一番奥のテーブルに持って行ってちょうだい」


 プリムローズは「はい」と頷き、出来上がった一皿を盆に載せて、奥の席に座る男へ届けた。

「お待ちどうさま」

 そう言って、アクアパッツァを頼んだ、頭髪に剃り込みの入っていない男へ微笑む。


 しかし男は彼女をじっと見つめたまま、湯気の立つ料理に手をつけようとしなかった。

「……」 


 だんまりしている彼に、プリムローズは不安げに首を傾げた。

「あの、すみません。ご注文を間違えてしまいましたか……?」


 男はハッと気を取り直して、「いや、違うんだ」と首を横に振った。

「今日は良い天気だなと思って……」

 

 プリムローズは自分の背後にある窓へ振り返った。

「ええ、お日様が出ていてポカポカです。海も穏やかで、皆さん安全にお仕事できますね」


 剃り込みのない男は彼女とはそっぽを向いて、ぼそぼそと話す。

「お、俺は漁師じゃなくて釣り具職人だけど、晴れた日は何となく調子が出て、好きだから……」


「私も好きです」

 プリムローズがそう返事をすると、男は石像と化したように椅子に座ったまま、ぴくりともせず硬直した。


「プリムラー!」

 カウンターからトラヴィスが顔を覗かせる。


「はーい。――どうぞ、ごゆっくり」

 プリムローズは固まった男に軽くお辞儀をすると、鮮やかなコーラルピンクのロングスカートをふわりと揺らしながら、カウンターへ戻った。


 男は呆けたような表情で彼女を見送ると、ぼそりと独り言ちた。

「すき……」




 昼のピークが過ぎてようやく客が全員帰ると、トレーシーはカウンターから出て、背筋を伸ばした。

「お疲れ~。今から夕方まで、しばらく休憩ね」 

 テーブルを拭き終えたプリムローズの肩を、ポンと叩いた。


 食材の在庫を確認していたトラヴィスが「母ちゃん」と呼びかける。

「小麦粉とオリーブオイルがもうすぐなくなりそうだよ」


「あら本当? 買いに行かなきゃ」


「おれ行ってくるよ。プリムラも一緒に行こ!」


 カウンターを飛び出してプリムローズへ駆け寄ろうとするトラヴィスに、トレーシーはずいっと一歩近づくと腰に手を当てた。


「プリムラはこれから休憩するんだよ。体力があり余ってるあんたと違って、母ちゃんたちみたいなか弱い美女は、ひと休みしなきゃバテちゃうよ」


「おれひとりじゃ、袋いっぱいの小麦粉も、オリーブオイルの瓶も重くて運べないもん」


「も~すっかりプリムラに甘えちゃって、この子は」


 困ったように溜息を吐くトレーシーに、プリムローズは台拭きを持ったまま、微笑みかけた。

「トレーシーさん。私、トラヴィスとお遣いに行ってきます」


「いいの? じゃあ悪いけど、よろしくね」

 トレーシーは彼女から台拭きを受け取ると、(とう)で編まれた買い物かごを手渡した。




 買い物かごを下げたプリムローズは、街で目立たないように、赤みがかった金髪を団子(シニヨン)にまとめて、その上から頭巾を被った。


 白い家屋が建て並ぶ石畳の道を歩きながら、先を行くトラヴィスへ話しかける。

「今から関所に行くのは駄目よ」

 昨晩彼が言っていた、関所へ忍び込むという作戦を止めなくては、と釘を刺したのだ。


「違うよ。ちゃんと買い物するから」

 トラヴィスはくるりと振り向いた。


「燻製とか漬物とか、日持ちする食べ物を買わなきゃ。カルチェラタンにはアルカネットから輸入した物を売ってる店があってね、カンヅメっていうのが、すげぇ日持ちするらしいよ」


 燻製や漬物といった単語に、彼女は戸惑った。

「トレーシーさんに頼まれたのは、小麦粉とオリーブオイルだけでしょう?」


 トラヴィスはわかってないな、と言わんばかりに一瞥すると、両腕を頭の後ろに回した。

「関所を越えたら、父ちゃんを見つけるまで何日も探すんだよ? 食糧を持たなきゃお腹すいちゃうって」

 どうやら彼はお遣いを口実に、ベリロナイト領内に侵入したときの準備をするつもりのようだ。好物の菓子類ではなく、長期間保存できる食品を用意しようとしているあたりに、彼の真剣さがうかがえる。


「そんなに本格的な準備をするつもりなの!」

 プリムローズは驚いたあまり、思わず買い物かごの取っ手を強く握りしめた。

「トラヴィス、昨日も言ったけど関所に忍び込むなんて無茶よ、危険なことなのよ」


「備えあれば憂いなしって父ちゃんが言ってた。とにかくついてきて、プリムラ!」

 トラヴィスは年上の少女の腕を引いて、緩やかな坂道を走り出した。


「ト、トラヴィス……!」

 プリムローズは彼に連れられて小走りになった。


 彼女の知っている年下の子供といえば、意外と引っ込み思案なシャーロットや、言動は不可解だが予定通りに事が進めば落ち着くミルコといった、大人しい性格の子ばかりだったので、自己主張のはっきりしたわんぱくなトラヴィスの扱いがわからなかった。


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