第六章 助け舟
「ユージン!」
ディエゴはドワーフの男性に駆け寄った。ユージンと呼ばれたドワーフは、自分より遥かに背の高い彼を見上げると、小さい目を細めて笑う。
「お久しぶりですねぇ。また背が伸びたんじゃないですか君」
「なんでユージンがここにいるんだ? 帝都で医者やってるんじゃなかったのか?」
ディエゴは驚きつつも、嬉しそうに口角が上がっていた。
「ちょっと事情がありまして……。おや、うちのドアの貼り紙を見てません?」
男性が首を傾げると、ディエゴはずいっ、ともう一歩前に出て食い気味に言い返す。
「見てないよ! それが聞いてくれよ、関所でちゃんと通行手形と、ユージンの書いてくれた紹介状を見せたのにさあ、憲兵に捕まって留置所に丸一日ぶち込まれちまったんだ~!」
子供のようにぐずるディエゴの話を、ドワーフの男性はうんうんと頷きながら耳を傾け、気の毒そうに眉をハの字に下げる。
「それは酷い。すみません、17日からカルチェラタンに滞在しているので、入れ違いになってしまったんですね……。関所では紹介状を書いた人間を呼び出すことができるので、私が身元保証人として迎えに行けたら良かったのですが」
ディエゴは「ン?」と怪訝そうな顔をして、指を折りながら数を数え始める。
「17日? ……ひぃ、ふう、みぃ……俺、帝都に着いたの15日なんだけど」
「あらま」
つまりディエゴは関所で不当な疑いをかけられたとき、保証人としてこのドワーフの男性を呼び出せたのである。役人の高圧的な態度に喧嘩腰で応じてしまったのが、運の尽きであった。
「あの、お二人はお知り合い……なのですか?」
すっかりお互いだけで会話を続ける2人に、プリムローズは恐る恐る割って入った。おう、とディエゴは中腰になって、ドワーフの男性の肩にポンと手を乗せる。
「昔からのダチ。俺ぁそもそも、こいつん家に行くために帝都に来たんだ」
「それは、何とも不思議な巡り合わせでありますな……」
オリバーはまじまじと、ディエゴと男性を交互に見た。
「ご挨拶が遅れまして、失礼致しました。お初にお目にかかります、王女殿下。私はユージン・ホーライと申します。」
ドワーフの男性――ユージンは、プリムローズの前に向き直ると礼儀正しく名乗り、深々と一礼した。頭を下げたとき、三つ編みに束ねた黒髪が背中から前へ流れる。
「現在はお休みを頂いておりますが、スターチス宮殿でヴォルフガング皇太子殿下の専属医師をしております」
「帝国の……ッ!」
「ヴォルフガング様?」
プリムローズと傍らにいたオリバーは、ほぼ同時に声を上げて驚愕した。
すると大通りの脇道から、紺色の軍服を着た警備兵たち数人が駆けつけてきた。
「そこで何をしている!」
彼らは地面に倒れた義勇十字団の男を確認するなり、そう怒鳴り上げてマスケット銃を構えた。
「全員怪しいな……」
「貴様らはよそ者だな? この状況はどういうことだ!」
疑いの眼差しと共に銃口を向ける。
「……!」
不安げなプリムローズの前にオリバーは一歩出て、警備兵らへ牽制するように仁王立ちをした。
ディエゴも険しい表情をして万一のために構える。ユージンは何も言わず落ち着いた態度で警備隊を見つめた。
そこへ今まで事の成り行きを見守っていたバルトルトが、警備兵たちにズイッと歩み寄ってきた。
「おお、これは警備隊の御一統。真昼も巡回であらせられるか、まこと精の出ることであるなあ!」
「住職殿……」
彼の屈託のない笑顔に、警備兵たちは銃を下ろして苦笑いを浮かべる。
「どうしてこんなところに?」
「なに。近くの住民に、悪漢がそこな女子に襲いかかっているとの報せを受けた故、此方へ馳せ参じたのだ」
そう言ってバルトルトは錫杖を高く掲げた。シャラン、と銀の輪が鳴る音に、兵士たちはブルッと身震いさせた。
そのなかでも上官の兵士は気圧されることなく、バルトルトにも不審な目を向ける。
「悪漢ですと……?」
彼は地面に倒れた男へ腰を落とし、その身体や所持していたナイフを観察した。鍛えられた右腕に、この国のテロ組織の証である黒い刺青が彫られているのを確認すると、わずかに眉を吊り上げる。
そして襲われかけたという、砂まみれになったストールを被る少女を睨みつけた。
「……おい、貴様は何者だ」
「わ、私は……」
ぶっきらぼうに投げかけられた問いに、プリムローズは疑いから逃れられるような返答が思いつかず、冷や汗をかきながら言い淀む。
「このミルコ聖人の付き人である!」
バルトルトはそんな彼女へ助け舟を出し、一同をひとりの少年に注目させた。
「ミルコ……しょうにん?」
兵士たちは、ぼうっと地面を見下ろしたまま何かを描くように指を振り、時折ウドゥ~と唸り声を上げて唇を尖らせているミルコを、不可思議そうに見つめる。
「ム? 御存知ではないか、ミルコ聖人はグランディーナ派の高僧であらせられる。我が寺に訪問なさる途中で、付き人たちとはぐれてしまわれたのだ」
「グランディーナ派……!」
バルトルトの話を聞いた途端、警備兵は皆、引き攣った表情になり、なかには頭を抱える者もいた。
「なんてこった……ハイドロディウス派やフレイミヤ・バーン派ならまだしも」
「一番融通の利かない、あの原理主義の宗派じゃないか……」
「これは首を突っ込んだら相当面倒な案件になるぞ……」
上官の兵士は、ざわめく部下たちへ「黙れッ!」と一喝すると、バルトルトやプリムローズたちへ煩わしげに顔を向けた。
「とにかく、この男の身柄は本官たちが拘束し、意識が回復され次第、事情聴取する。後日――早ければ翌日にでも、貴方がたにもいくつか確認のため質問しに伺うので、しばらくこの街にいるように!」
そう慇懃無礼に言い放つと、警備隊はさっさと義勇十字団の男を担いで基地へ戻っていった。
「ふぅ……」
戦闘になるだろうと身構えていたプリムローズは、あっさり手を引いた警備隊に拍子抜けし、緊張の糸が解かれて溜息を吐いた。
紺色の軍服の集団を見送った住職は、王女たちへ振り返ると、柔和な笑顔を向ける。
「何はともあれ一件落着したようだ。道端で長話も何である。おのおの方、小さいが拙僧の寺に来られては如何か」