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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第六章
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第六章 ワタツミ


 プリムローズたちは少女に連れられて、『大衆食堂ワタツミ』という看板を掲げた、オレンジ色の屋根の店に足を運んだ。


「トレーシーさーん」


 ドアに吊り下げたベルのカラン、カランという音とともに、店の顔なじみらしい少女が入ってくると、名前を呼ばれた女将が奥のカウンターから振り向いた。


「いらっしゃい、タラッサ。――あら、珍しいお客さん」


 トレーシーという女将は、人のよさそうな垂れ目を細めて、プリムローズとミルコへ微笑みかけた。両頬にはっきりとえくぼができる。


「アテラ教徒の旅人だって」


 サイドテールの少女がそう紹介すると、トレーシーは「そうなんだ」とアルカネットから来た旅人に嫌な顔ひとつせず席へ案内し、3つのグラスにお冷やを丁寧に注いだ。


「ごゆっくり」

 そう言ってまた微笑むと、カウンターへ戻る。


 昼を過ぎた時間でも、店内にはプリムローズたち以外に漁から帰ってきた船乗り仲間や、親子連れの客が座っていた。客たちは皆、とりとめのない世間話をしながら、遅めの昼食に舌鼓を打っている。


(カルチェラタンは、王都陥落の影響はあまりないみたい……)

 プリムローズは、街の住人たちの和やかな雰囲気を感じ取り、意外に思った。アルカネットに実効支配されているこの街は、もっと帝国軍の抑圧が強いのではと想像していたからだ。


 向かいに座る少女は、ねぇねぇ、とメニュー表を広げてみせた。


「ここのご飯、美味しいんだよー! 何食べる? ええっと……ゴメン、名前聞いてなかった、あたしタラッサ。お名前は?」


「ミルコです」


 ミルコが素っ気なく名乗ると、タラッサという少女はうんと頷き、今度はプリムローズへ顔を向けた。


「プリム……ラ、プリムラです」


 プリムローズは、エルフの集落で使った偽名を名乗った。


 その途端、タラッサは少し表情を曇らせた。

「プリムラねぇ。第一王女殿下の……プリムローズ様の略称だよね。可愛いけどアルカネットでも、ベリロナイト人みたいな名前つけるんだ」


 彼女の眉を寄せた面持ちが、何かを疑っているような、訝しげな表情に見えたプリムローズは内心オロオロと焦る。


「え、ええ……タラッサさんも珍しいお名前で」


「タラッサでいいよ。カルチェラタンの昔の言葉で、海って意味なの」


「素敵なお名前ですね。この街にぴったりです」


 プリムローズがそう褒めると、タラッサはパッと照れ笑いを浮かべて頬に手を当てた。


「ありがとう! えへへ、わりと自分でも気に入ってるんだ~」




 3人が注文をしてしばらくすると、トレーシーが湯気のたちこめる出来立ての料理を運んできた。

 タラッサのおすすめした店の定番メニューだという、イカやエビ、ムール貝など魚介類や野菜と一緒に米をスープで炊きこむ郷土料理だ。


 大皿に盛られた具だくさんの料理に圧倒されるプリムローズだったが、サフランで艶やかな黄色に輝く米に魅了され、おもむろにスプーンですくって口に運ぶ。魚介のエキスがたっぷり染み込んだ米と、シーフードが見事に調和していた。


「……美味しい!」


 思わずそう呟いた。隣に座るミルコも気に入ったのか、黙々と料理を口に運んでいる。


「そう言ってくれると、作った甲斐があるわ」

 空いたテーブルを片付けていたトレーシーは、ふふっと朗らかに微笑んだ。


 プリムローズは一口、二口、と食べ進め、盛られた米の底にあるおこげまでスプーンですくった。

「本当に美味しいです」


「やっと笑顔になったね」

 タラッサは彼女を見て、口角を上げた。


 プリムローズは「えっ?」と皿から目の前の彼女へ視線を移す。


「さっき通りすがりにプリムラたちが不安そうにしてるのを見かけて、気になっちゃったんだ。元気が出てきたみたいで良かった。お節介だけどさ」


 タラッサはそう言って、スプーンに乗せたエビを頬張った。そんなことありません、とプリムローズは彼女のお節介という自虐を否定した。


「良いお店を紹介してくださって、ありがとうございます」


「えへへ。あたし地元好きだからさぁ、旅しに来てくれた人には、カルチェラタンを楽しんでもらいたいんだよね」


 屈託のない笑顔を向けるタラッサに、プリムローズも顔を(ほころ)ばせる。


 そのとき、店のドアのベルが再び、カラン、カランと鳴った。ドアから入って来たのは、4、5歳くらいの日焼けした活発そうな男児だった。


「ただいま……」


 しかしその見た目に反して第一声は暗く、がっくりと肩を落としている。トレーシーは食器を片付けていた手を止めて、「トラヴィス」と彼へ声をかけた。


 トラヴィスと呼ばれた少年は、落ち込んだ様子で母に話し始める。

「おじさんがね、父ちゃんから手紙きてないって」


 トレーシーは困ったように微笑みながら、少し屈んでトラヴィスの肩に手を載せる。

「そりゃあ、こないだ送られてきたばっかりだもの。お仕事が忙しいからねぇ……父ちゃんたら、手紙を書く時間もないんだろうね」

 息子にそう説得するも、彼女自身、少し浮かないような声音であった。


 何かを待ち望んでいる母子を見て、タラッサは心配そうに眉をひそめて、ぼそりと呟いた。

「……ビクター兄ちゃん……」


 その一言にプリムローズは飴色の目を見開き、動揺した。



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