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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第一章
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第一章 収穫祭に行きたい


「シャーロット、緊張しすぎて熱を出してしまったんですって」


 食堂に戻って朝食を済ませたプリムローズは、アイヴィーの淹れた食後の紅茶をたしなんでいた。アイヴィーはその後ろで皿を片付け、ワゴンに乗せている。

「それはお気の毒に……」


「やっぱり、お父様がアルカネットに行っていて、不安がっているのかしら……」

 プリムローズは呟き、長卓の向こうの壁にかけられた、大きな額縁に飾られた絵画を見つめた。


 それは王家の肖像画だった。バクストン6世と幼いプリムローズ、そして今は亡き母后ソフィアが赤子のシャーロットを抱え、皆で揃って微笑みを浮かべている。


 ソフィアはシャーロットの物心がつく前に、病気で亡くなってしまった。プリムローズが6歳の頃である。進行性の早い不治の病で、医師もなす術なく、苦痛を和らげるための薬を処方するしかなかった。

 病床に伏して最期を迎えるソフィアを、プリムローズは覚えている。母は骨格がはっきりわかるくらいに痩せ細った真っ白な腕で、死なないで、と泣きじゃくる自分の頭を撫でた。



 プリムローズ。お母様は、これからもあなた達をずっと見守ってるわ。本当よ。

 あなたが生まれたとき、幸せになれるおまじないをかけたの。

 あなたは決してひとりぼっちにならない。

 お父様も、シャーロットも、城のみんなもいる。

 シャーロットにもおまじないをかけたの。

 困ったことがあったらふたりで助け合って。



 愛してる、と何度もか細い声で伝えると、ソフィアはそのまま息を引き取った。プリムローズはその時わんわんと泣き喚いたが、今こうして元気に過ごしているのは、母の言葉のお蔭だと思っている。


(……シャーロットはまだ小さかったから、お母様のことをあまり覚えてないんだわ。だからお父様がいないと心細く思うのね……。何か、心の支えになるようなものがあればいいんだけど……)


「プリムローズ様」


 アイヴィーの声で、思い詰めていたプリムローズはハッと現実に引き戻された。空になったティーカップをソーサーの上に乗せると、静かに卓上へ戻した。


「……紅茶のお代わり、召し上がります?」


「もう十分よ」


「そうですか……」


 アイヴィーは物憂げなプリムローズの横顔を見つめる。先程は無断外出を咎めたが、明日の晩餐会が彼女のプレッシャーになっていることは分かっていた。加えてシャーロットの急病である。精神的に疲弊するのも無理はない。だがこのままだと、今度はプリムローズまで参ってしまう。


 アイヴィーはふと、窓の外の木々が鮮やかな紅葉に色づいていることに気付いた。

「すっかり秋の季節になりましたね」

 アイヴィーは窓の向こうの景色をプリムローズに注目させた。とにかく別のことに意識を向かわせたかったのだ。


「わぁ、綺麗! そうね、もう秋だもの」

 秋……! とプリムローズは自分の言葉で閃いた。

「アイヴィー、確か今週いっぱい、城下町のほうで秋の収穫祭があるわよね……。今日もやってる?」


 収穫祭とはその年の豊穣を祝い、秋の収穫時期に採れた余剰の作物を市場で売る行事で、最近では嗜好品や装飾品も出回っている。


「……はい、今日が最終日です」

 プリムローズの思惑を察したアイヴィーはぎこちなく答えた。心の中で余計な事を言ってしまった、と後悔する。


「行きた」

「駄目です」

「即答……」

「一国の姫君がおひとりで外出なさるのは危険です。万が一のことがあってはなりません」

 アイヴィーはきっぱりと要求をはねのけた。侍女たちの間で最近、反王政組織の過激派が、市井で同胞を募っているとの噂が囁かれているからだ。城内には警備の兵隊や騎士団がいるから王女が一人で行動しても安全だが、外では何が起こるかわからない。


「じゃあ、貴女も一緒に行きましょうよ」

 プリムローズは縋るような上目遣いで、アイヴィーをじっと見つめた。アイヴィーは困ったように視線をそらす。

「何故、私も」

「一人が駄目なら二人で行けばいいじゃない。アイヴィーは同い年なのにしっかりしていて頼もしいわ。城下町の地理だって詳しいでしょ?」

「それは、よく遣いに行きますから……。ですが、たとえ私が了承しても、どのように城からお出かけなさるつもりですか。今日はパーティーの準備で多くの者が出入りしています。城門を出ようものなら、すぐ見つかってしまいますよ」

 アイヴィーは説得しながらちらりとプリムローズを見た。考え直すかと思いきや、彼女は屈託のない笑顔を浮かべている。

「お忍び、というのを、すればいいんじゃない? 私そういうのに憧れてたの」

「えっ!」

 唐突な提案に、いつもは落ち着きのある侍女が声を上げて驚いた。


「大丈夫。私ね、誰も通らないような道を知ってるの。それで、街でも目立たない格好をすれば完璧よ」

 プリムローズの飴色の瞳は輝いていた。


「……」

 アイヴィーは口元に拳を置いて悩んだ。

(ここで頑なに反対して、お一人で勝手に飛び出されるよりは、ついていった方がいいのかしら……)


「アイヴィー?」

 プリムローズは微笑んだまま小首を傾げた。


 アイヴィーはプリムローズに向き直り、閉ざしていた口を開く。

「……夕方までには帰ると約束してくださいますか?」


 王女はたちまち、ほころぶような笑顔を見せて首を縦に振った。


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