第二章 壮絶な自分語り
ビクターとフィリポはエヴァンより先に詰所に戻り、軽く湯浴みを済ませると、部屋で寝間着に着替えていた。
フィリポはベッドの上で胡坐をかいて、手拭いでゴシゴシと癖の強い茶髪の水気を取っている。一方、ビクターは湯上りのままパンツしか履かず、机に向かって羽ペンを走らせた。妻に宛てて手紙を書いているところだ。
「……」
二人は押し黙り、ひたすら己の作業をこなしている。今日は色々ありすぎた。複雑さゆえにどう話題を切り出したらいいのか、彼らはお互いに話しかける機会を失っていたのだ。
そこへバタンと、扉を乱暴に開く音が沈黙を破った。
「エヴァン」
フィリポは頭に被っていた手拭いをうなじにかけ、入室した同僚へ身体を向けた。
エヴァンは相変わらず挨拶もなく部屋に入ると、そのままベッドにドカリと座り込んだ。美意識の高い彼にしては珍しく、乱れた前髪を整えず、疲れきったようにうなだれている。
ビクターは気を利かせて、椅子から立ち上がると、自分の机の上に用意していたティーポットからアイスティーをグラスに注ぎ、エヴァンに差し出した。
「上も着ろ。見苦しい」
憎まれ口を叩きながらカップを受け取ると、エヴァンは一気にアイスティーを飲み干して、プハァと一息ついた。濡れた口元を手の甲で雑に拭う。
「……これから話す内容は、他言無用だ。いいか」
エヴァンの問いかけに、二人は大きく頷く。
「ああ、本題に入ってくれ」
ビクターは席に戻り、足を組んで座った。気難しい同僚がやっと重い口を開くので、打ち解けてきた喜びもあるが、彼の話を受け入れる覚悟も必要になる。フィリポは緊張して唾を飲み込んだ拍子に、長い耳が揺れた。
赤茶髪の青年は灰色の瞳を曇らせながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「貴様らも知っての通り、俺の一族は代々騎士として王家に仕えてきた。家系に違わず騎士だった俺の父ニコラスは、俺が6歳の頃、終戦間際のハルナ戦線へ出兵した。ハルナ戦線第一分隊隊長、徴兵部隊の指揮官としてな」
「激戦区じゃないか……」
ビクターは深刻そうに呟き、フィリポはいきなり故郷の名前が出てきて目を丸くした。
ハルナとは、ベリロナイトとアルカネットの国境にある山脈一帯で、戦時中はアルカネット軍の侵攻を防ぐため、多くのベリロナイト兵士が犠牲となった墓標の地だ。
「母と、父の帰りを待ち侘びていたが、届いたのは一通の戦死通知だけだった。母は騎士の妻として矜持があったのだろうな……。決して人前で涙を見せず気丈に振る舞っていたが、日に日にやつれていって、戦争の終わった4年後に流行り病で息を引き取った」
「お袋さんも、あんたも大変だったな」
相槌を打ちながら、フィリポは伏し目がちになって自分の足元を見つめた。理不尽に頭を叩いたり、襟首を掴んできた相手にも同情の念を抱くようだ。
エヴァンは彼を一瞥すると、何でもないようにそっぽ向いた。
「……どこにでもある話だ――少年の俺は誇りに思っていた父が、戦場であっけなく散ったことが信じられなかった。だから、亡くなった母が保管していた父の書類から第一分隊の隊員の住所の記載された名簿を探し、彼ら一人一人を訪ねてみることにしたのだ」
「訪ねるってお前、その頃10歳くらいの子供だったのと違うか」
ビクターの疑問にエヴァンは何でもないといった風に答えた。
「屋敷の使用人の目を盗んで飛び出した。武者修行の旅も兼ねてな」
やけに行動力のあるガキだな……とフィリポは思い、冷や汗をかいた。
「元隊員の中には既に他界していた者や、いつまでも口をつぐむ者もいたが、連日連夜通いつめるうちに、大半の者が真実を明かしたのだ」
そこまで語ると、エヴァンは曇らせていた瞳を鋭く光らせ、眉間に深く皺を寄せた。憎悪の表情である。
「父は敵に敗れたのではない……。味方に殺されたのだ、あのマシュー副団長に……!」
「そんな……! 何で副団長がエヴァンの親父さんを殺したんだよ?」
フィリポが信じられないといったような表情で目を見開いた。
マシューといえば騎士の間で、部下に威張り散らしたり、無意味に怒鳴りたてることのない、穏やかで人当たりの好い上官、という印象を持たれている。仲間殺しなど、普段の人物像から程遠い。
「……どれだけ追及しても、何故だか誰一人としてその理由を言わなかったが……。俺の父と副団長は同期で、当時、二人はそれぞれ徴兵部隊の第一・第二分隊の隊長だった。出世のライバル同士ということだ。……戦火に乗じて同士討ち、ハルナ戦線は邪魔者を排除できる絶好の機会だったのだろうよ……」
エヴァンの片手で握りしめていたグラスがミシリ、と音を立て今にもヒビが入りそうなのを、フィリポが慌てて腕を伸ばして回収した。
「待て、何か確証はあるのか? 何だか飛躍している気がする」
ビクターは組んでいた両足を解き、どっしりと構えると、衝撃の事実に戸惑うことなく、冷静に問いただした。
「……副団長の持っているレイピア、あれは間違いなく父の剣だ。ドワーフの刀匠が打った一点物で、柄に我が一族の家紋である獅子の彫刻が施されている」
「その話が本当ならば、副団長は自分が殺めた人間の得物を、ずっと我が物顔で使っているということになるな」
エヴァンはビクターのその言葉に、怒りで全身をわなわなと打ち震わせた。
「剣は騎士にとって魂そのもの……あの男は、父の命を奪っただけでは飽き足らず、亡き後の魂すら踏みにじっているのだ!」
だから手合せの時、レイピアを奪うことにこだわっていたのか、とビクターとフィリポは納得した。
「父を葬り、母を心労で死に追いやった奴を、俺は決して許さない。この手で必ず断罪してみせる」
そう言うと、エヴァンは右手の拳を固く握りしめた。話しながら、自身の誓約を確かめているのである。
「……」
彼の様子を見て、ビクターは黙ったまま両腕を組んだ。
「なぁ。結局、エヴァンは副団長をどうしたいんだよ? あの、芝居とかでよくあるだろ、親の仇討ちとか……」
フィリポは恐る恐る、エヴァンを見上げた。
「ハンッ、単なる死では生温いわ」
エヴァンは鼻で笑うと、唐突にベッドから立ち上がった。
「あの男の罪を白日の下にさらし、失脚させてやる! 戦時中の仲間殺しが公になれば、軍事裁判にかけられ、極刑は免れまい。卑怯なやり方で副団長の地位を手に入れた奴を、騎士道を遵守した正当な手段で断罪してやるのだ」
これが俺の復讐だ、とエヴァンは言い放った。興奮気味の同僚に、フィリポは、お、おう……と面食らった。
「で、副団長への復讐と、今日の義勇十字団との一件は関係あるのか?」
ビクターはなおも冷静に質問した。エヴァンはふらつきながら、椅子に座る彼のほうへ身体を向ける。
「俺は今、副団長を糾弾する証拠集めのため……とある人物の協力を得ている。その引き換えに義勇十字団の排除を命じられているのだ」
「とある人物とは?」
「それは言えん」
「……」
ビクターは黒縁眼鏡のブリッジを人差し指で軽く上げ直し、考え込んだ。
(戦時中の記録に携わり、反王政組織を排除したい人物……。恐らく協力者とは、上位の文官あたりだろう……)
すると、エヴァンはよろめきながら背後にあるベッド上へ、ボスッと仰向けに倒れてしまった。
「おい大丈夫かっ?」
フィリポは焦りながら両耳を揺らした。柔らかい敷き布団に着地したとはいえ、頭から倒れたので心配している。
「……ここまで俺に口を割らせた以上、明日貴様らにも協力してもらうからな……」
厄介そうな言葉を残し、エヴァンはそのままスカーッと寝息を立て始めた。
「寝ちゃった」
フィリポがぽかんとしていると、ビクターは椅子から立ち上がって、彼の持っているグラスをさりげなく取って片づけた。
「アイスティーにラム酒を入れたのがまずかったか。ほんの香りづけ程度だが」
「酒弱すぎだろ、こいつ……」
「疲れもあったんだろう」
ったくしょうがないな、と呟きつつ、フィリポは寝ているエヴァンに布団を掛けた。
「……俺は水夫の出だから、騎士の家系のことは良くわからんが」
フィリポの背後で、ビクターは寝間着に着替えながら話しだした。
「俺が何者かに殺されたとしても、息子に仇討ちはしてほしくないな。憎しみで将来を潰してほしくない」
その言葉に、フィリポは俯いた。
「確かに。話聞いてさ、危ういなって思ったよ」
「復讐のやり方は騎士道を遵守する、と言っていたが、もしエヴァンが暴走して任務に支障を出すのであれば、その時は俺達が食い止めよう」
ビクターはそう言って外した眼鏡を机の上に置くと、聞き手のフィリポが頷く間もなく、自分のベッドに潜りこんだ。
「おやすみ」
「お、おやすみ」
フィリポは部屋のランプを消して、頭から布団を被った。
「……」
同僚二人に挟まれて、クー、クー、スカーッという寝息が聞こえてくるが、フィリポ自身は布団の中でもぞもぞと身をよじっていた。
(……頭の中がゴチャゴチャして眠れねぇ……)




