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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第一章
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第一章 助太刀

 

 ヒュッと風を切る鋭い音がした。


「……ドゥオッ!」


 剣を振り上げた男は叫び、苦悶の表情で前のめりに倒れた。ドサリと大きく倒れた拍子に砂埃が舞う。

男の血塗れた背中には、一本の弓矢が刺さっていた。見事な鷹の矢羽が夕日に照らされている。


「だ……誰だ! 弓で狙っているのは!」

 謎の射撃に義勇十字団は騒めきだし、取り乱す者もいた。


「エヴァン! 無事か!」 

 聞き覚えのある呼び声に、エヴァンは一瞬で我に返った。あばら家に狭まれた細い小道から、槍を担いだビクターが駆けつけてきた。


「貴様ァ……何故ここにいるッ!」

 切れ長の瞳を見開きながら、エヴァンは犬歯を剥きだして恫喝した。しかしサーベルに分銅鎖が巻き付いているので、身動きが取れない。


「アイツも敵か!」

「一人が二人になろうと構うこたぁねぇ、眼鏡のデカブツも殺しちまえ!」

 エヴァンを標的にしていた男たちが、一斉にビクターへ向かって襲いかかってきた。


 ビクターは怯むことなく、鞘を地面に抜き捨てて、槍を構えた。槍の穂先は龍の爪のように鋭く、三叉に分かれている。柄に施された金箔の龍の鱗が、一枚一枚、七色の光を放っていた。


「ミスティ・ウォール」


 槍の使い手が低い声音でそう呟くと、たちまち辺り一面霧がかり、伸ばした手の先が見えない程の濃霧に包まれた。


「なんだこの霧は!」

「何も見えねぇ!」

 義勇十字団らは怯んだ。夕焼けの光が反射するのも相まって視界の悪い状態だ。エヴァンやビクターとの位置が把握できない彼らは、安易にその場から動くことができなかった。


 光が眼鏡のレンズに反射しているビクターは、胸いっぱいに大きく息を吸い込んだ。


御身おんみは海、あるいは大河。そして玉響たまゆらの如き恵雨けいうの雫。此の世すべての生きとし生けるものの内に巡る大いなる水の支配者よ。我、浮かびて消えし泡沫うたかたなれど汝を崇め奉らん。絶えず流るるみおことわりを導き給え!」


 すらすらと詠唱し始めたビクターは、光る三叉槍の穂を対する敵どもにかざし、左足を引いて構えた。


「邪を貫く龍の爪――水刃(すいじん)の槍!」


 槍の穂先から突如、怒涛の勢いで鉄砲水を思わせるほどの大量の水が噴出した。シュゴオオオオオオオオ、と轟音を上げ、凄まじい水圧で敵を次々に弾きとばした。


「ギャアアー!」

 鉄砲水を食らったものは背後にいた仲間ともども将棋倒しになって、周囲のあばら家にぶつかり、壁に大穴を開けた。さらにどさくさに紛れ、エヴァンの剣に纏わりついていた鎖を、ガシャンッと音を立てて切断した。


「水のマテリア使いか……!」

 千切れた分銅鎖を引きずる男は、獲物を捕らえ損なって、煩わしげに言い捨てた。


 人間を含め、自然界に存在する万物は、性質の違いがあれども必ず、水、土、風、火の4種類の要素のいずれかに属している。この要素を「マテリア」といい、マテリアを利用する巫術を「マテリア術」という。ただし、マテリア術を扱うには4大マテリアのいずれかの要素に適合できる、先天的な体質であることが求められる。


 マテリア術は古代アルカネットから伝えられており、アルカネット人は建国以前から神話の「四大神」になぞらえて宗教と結び付けてきた。その宗教の解説は後述しよう。


 しばらく経つと、ビクターが仕掛けた目くらましの夕霧は消えてしまった。

 視界が開けたことで義勇十字団も反撃を開始する。エヴァン達に対する怒りは留まることを知らず、激情を露わにし、防御を考えずに突進する捨て身の攻撃に出た。

「ウォォォ!」


「テヤーッ!」

 分銅鎖の戒めから解き放たれたエヴァンは、走りながら剣を振り、向かってくる2、3人の男を間髪入れずに斬った。


「リャァッ!」

 ビクターは槍で、リーチの長さを生かして周りの敵を薙ぎ倒した。


「お前の単独行動については後で聞く。今はこの場を乗り切ろう」


「俺に指図するな」


 エヴァンは背中合わせに並ぶビクターに悪態をついた。しかし手前の敵をエヴァンが、遠くにいる複数の敵をビクターが仕留めるという、お互いが無意識のうちに連携プレーが生まれていた。


「馬鹿め……」

 エヴァン達が眼前の敵を倒すことに気をとられている間、少し離れたところから、顔に傷のある男はヒヒッ、と押し殺した笑い声を上げながら、分銅鎖を破られてもなお、懐から細い筒状の物を取り出した。


 吹き矢である。矢先に塗られていているのは、刺された者はたちまち死に至る猛毒だ。


 男が吹き矢の筒を口元に運ぼうとした瞬間――その脇腹に鋭い衝撃を受けた。

「ッ! グオオオ……ッ!」


 彼の血塗られた脇腹には、鷹の矢羽の弓矢が突き刺さっていた。暗くなっていく視界の中、射手を探そうと、弓矢の放たれた方角を睨んだが、明かりの消えた粗末なあばら家があるばかりで人影は見えない。男は己を狙った者を知らぬまま、前のめりに倒れ込み、手から落ちた吹き矢が地面に転がった。


 僅かに動揺するエヴァンに、ビクターは槍を構えながら声を掛けた。

「安心しろ。フィルだ」


「わかっている! あのエルフ、俺より先に敵将を討つとは、小癪なッ……!」

 エヴァンは悔しげに眉根を寄せ、押し寄せる敵に当たり散らすように剣を振るった。ここ三か月、苦労して義勇十字団の居所を探っていたので、窮地を救われたというより、手柄を横取りされたように思ったからだ。


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