第八話 手帳
狭山は、急ぎ一之瀬家へ向かった。
あの亮のまっすぐな眼差しに、真実がそこにあるように思えた。
と同時に、開けてはいけないパンドラの箱のような気分がしてきたのも事実だ。
何かとんでもないことが判明してしまいそうな気がする。
嫌な予感に包まれながらも、真実を明らかにしないと前に進めない気がして、
狭山はアクセルを踏み込んだ。
1時間ほど車を走らせて、一之瀬家についた。
裏庭に回る。
そこには、古ぼけた古ぼけた木造の物置小屋があった。
南京錠で鍵はかけられていたが、それは形ばかりで、少し力を入れてければ簡単に鍵は壊れた。
扉をゆっくりと開ける。
中は、ほこりと湿った土臭い匂いで充満していた。
ハンカチを鼻と口に押し当てて、中に入る。
いろんなものが、乱雑に重ねられておいてある。
その中で、少しほこりの少ない物があった。
金庫だ。
電子レンジくらいの大きさのもので、ダイヤル式の鍵がかかっている。
一之瀬から教えてもらった通り、7640の順に回していく。
カチッという音とともに、鍵が開いた。
扉をゆっくりと開く。
中には、黒い大きな手帳とカセットテープが入っていた。
黒い手帳の裏表紙に、一之瀬 孝雄を記されており、家族の写真が挟み込まれている。
手帳は、孝雄が克明に記した日記のようであった。
今から一年前の日付から書いてある。
最初のページはこうだ。
「西條の家に、またお金を借りにいく。
信臣は、快く貸してくれた。
いつまでこんな迷惑を私はかけ続けるのだろうか。
本当に申し訳ない」
それから、しばらくいろんな人に金を借りていることに対する詫びと自責の念がずっと綴られていた。
町工場の経営が上手くいかないことや、借金で首をしめられていること、金の苦労が切々と書いてある。
ぱらぱらとページめくり、3か月ほどたったところで、赤い字で書き殴られているページがあった。
「信臣が、金を貸してくれているのには、理由があった。
妻の恭子が信臣に体を売っていたのだ。
信臣は、恭子を諦めてはいなかったのだ。
妻を寝取られた私を裏できっとバカにしていたのだろう。
恭子は、辛かっただろう。
俺に何も言えずに、ただひたすらに信臣の思うがままにされていたのだから。
アイツが憎い。憎い!」
手帳を持っている手が震えていた。
恐ろしい真実がそこには記されてあった。
孝雄の妻、恭子が金を借りる代わりに西條 信臣に抱かれていたのだ。
それを知った夫の無念さはいかばかりか。
自身の不甲斐なさと無力さで、打ちのめされている様子がその後の日記に続く。
それからしばらく恭子の身売りは続いているようで、夫婦で何度も話し合っている様子が書かれている。
そして、何度も信臣にやめてくれるよう頼みにいっているようだった。
「妻のことで、信臣を問い詰めると、今すぐ金をそろえて返せと言ってきた。
また、他の住人にも手を回して、一斉に取り立てさせるように言うと。
この町に住めなくさせてやると。
恭子を差し出せと言ってきた。
俺は、頑として断った。
でも、どうすることもできない。
俺は、また借金をしなければならない」
借金の泥沼に落ちていく孝雄の姿が克明に記されていた。
そして、事件の一か月前くらいの日記にまた赤い文字で数ページにわたり書いてある日記があった。
その内容に、思わず狭山は手帳を落としそうになった。
「あいつは悪魔だ。
恭子の次は、娘の佐奈を差し出せといってきた。
あの子は、まだ12才だ。
俺は、気が狂いそうになった。
妻にまで手をかけ、娘にまであいつの毒牙が・・・。
そう考えるといてもたってもいられない。
なんとしても金をそろえなければならない。
あいつに借りている金を返すのだ。
それならば、どこに借りてもいい。
俺の内臓を売ってもいい。
俺の命を売ってもいい。
どうか、どうか娘だけは。あの子だけは助けてほしい」
孝雄の魂の慟哭がそこにはあった。
なんとしても娘を守りたい父親の想いがそこにはあった。
地元の名士としての西條 信臣の裏の顔がこれだったとは・・・。
そのとき狭山は、すっーと血の気が引いてく感覚に見舞われた。
ということは、あの西條一家を和臣を除いて殺害したのは・・・
日記が書かれた最後のページを開く。
3分の2ほどめくったところに、大きくこう書かれてあった。
「殺したはずの悪魔の子が、生きている」 と。