第七話 金庫
一之瀬 亮は、拘置所の部屋の隅で、膝を抱えて座っていた。
思い出すのは、楽しい思い出ばかり。
よく西條家に招かれて、バーベキューやらパーティやらをやった。
一之瀬家と西條家では、財政的に雲泥の差があったが、卑屈にならずにいられたのは、一重に西條家の人々の懐の深さと人柄だったと思う。
和臣の父の信臣は、威厳と自信にあふれていながら、決して威張ったりすることなく、いつでも謙虚にみんなを後ろから見守る感じだった。
亮の父親の孝雄とは正反対のタイプだった。
でも、亮は父親のことも大好きだった。
何よりも優しく、純粋で、明るかった。
どんなに貧しくても、笑顔を絶やさず、家族を気遣ってくれた。
ときに、あまりに人が良すぎて、必要なお金を他の人に貸してしまったり、保証人になってしまったりと大変な苦労を自らしょい込んだりもしてしまう人だったが、誰も傷つけずけないという姿勢に尊敬の念を抱いていた。
母は、どんなに貧しい生活を強いられても文句ひとつ言わずに、父に従っていた。
明るく、励まし、見守ってくれるそんなあたたかな母だった。
西條 信臣と一之瀬 孝雄は、幼馴染で、母の 恭子は高校から一緒だったという。
二人ともから好かれていたものの母は、信臣ではなく孝雄を選んだ。
苦労をすることはわかっていたけれで、自分がそばについていないと孝雄がダメになってしまうと思ったらしい。
そして何よりも孝雄の純粋な優しさに惹かれたという。
西條 信臣は、孝雄になら恭子を譲れるといって、身を引いた。
でも、困ったことがあったらいつも二人を陰ながら見守り、支えていたのだった。
妹の佐奈とは、5歳離れていて、目に入れても痛くないほどかわいがっていた。
いつも「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と後をついてきた。
遊んでやると本当に喜んだ。
大きくなってもそれは変わらない。
反抗期もなく、俺たち兄妹は本当に仲が良かった。
二人でいつも協力して、両親を支えた。
一之瀬家は、みんなが一生懸命生きていた。
全員が太陽だった。
家族のために。
明日のみんなのために。
殺される理由なんてどこにもない。
恨まれる理由なんて・・・。
あの事件が起きる前の出来事を必死に思いだす。
とたんに、記憶に霞がかかったように朧げになる。
その霞を必死でよけならが、記憶をたどる。
何かいつもと違うようなことはなかったか。
おかしな点はなかったか。
父が、そういえば・・・奇妙なことを言ってたことを思い出す。
「もし、お父さんになんかあったときは、家の裏の物置の中の金庫の中を見てくれ。
番号は、家族全員の誕生日の下一けたを父母お前妹の順だ」
背筋がぞっとする。
なんで、いままでこんな大事なことを忘れていたんだろうか。
父にもしものことがあったりしたら嫌だから、無理やり忘れようとしていたのだろうか。
この事件を解くカギは、すべてそこにある気がした。
亮は、一刻も早く金庫の中身を知りたかった。
狭山と会う必要がある。
そう思っていた矢先に、狭山から面会の連絡が入った。
渡りに船とはこのことだ。
面会室に、入ると狭山がノートを広げて、亮を待っていた。
亮は、腰かけるがいなや狭山にかぶりつかんが如く、身を乗り出して話し始めた。
「大事なことを思い出したんです。
父は、自分に何かあったら、家の裏の金庫を見るように俺に言っていたんです。
それも古い話じゃありません。
数か月前の話です。暗証番号は、7640です。
どうか俺の代わりに、見てきてくれませんか?
そこに真犯人につながる手がかりがあるかもしれません!」
目を大きく見開き、懇願する亮に圧倒されながら、狭山はひとまずうなづくことしかできなかった。
とりあえず、家の裏庭の金庫 7640 とメモをした。
「わかった。すぐに家に行って、確認しよう。
あと、こちらでも今少し調査をしていてね。
一之瀬 孝雄さんは、結構いろんな人に借金をしているね?
亮君、君もそれは知っているのかな?」
「知っています」
「ある金融業者に今日確認したらね、ひどく追い詰められた状況で、ある人にお金を返さなければ家族が崩壊すると言って、お金を借りにきたらしいんだ。
そのある人ってのは、金融会社の人間もわからなくてね。
亮君は、そのある人ってのに、心当たりないだろうか?」
亮は、首をひねって考え込んでいる。
必死で記憶を思い出しているようだ。
「たしかに、数か月前いつもは温和で穏やかな父が、ひどく追い込まれていて、慌てているのを見ました。
いつも気丈な母もそのときばかりは、追い詰められた表情をしていて。
一体何があったのかととても不安になった記憶があります。
父が、母に向かって『金を返さないと家族がめちゃくちゃになる』『佐奈まで・・・なんで・・・』と嘆いていたんです。あんなに焦っている両親を見たのは初めてです。
意味がわかりませんでした。もしかしたら・・・誰かに脅かされていたのかもしれません。」
「なるほど・・・やはり、それで急いでやばい闇金に金を借りてしまったんだな・・・。
ん~~、一体誰に脅されていたのか・・・。
その金庫の中にすべての真相が隠されていそうだね」
「はい。どうか気を付けてください。真犯人はまだいます。
どいつもこいつもまだ生きてるんです!」
「ん? どいつもこいつも?」
「こんなときになんですが・・・、この前西條との面会で恐ろしい事実を知ったんです。
西條一家の事件は、心中ではないそうです。殺人なんです。
西條が、少し記憶が戻ったらしくて、事件当日の光景を思い出したんです。
もしかしたら、うちの家族を殺した犯人と同一人物かもしれないし、別かもしれませんが・・・
いずれにせよ、どの犯人もまだ捕まってないんです!
だから、気を付けてください」
「ちょっと・・・それは衝撃の真実だな。
これを見過ごしてしまって、よいものなんだろうか。
和臣君は、どう思ってるのかな? まさか一人で真犯人を捕まえようとしているのか?」
「いえ、和臣はもうあきらめてるんです。
犯人を捜したところで、家族が生き返ることもないと。
もう、思い出したくないとのことでした。
でも、僕は諦めません!
必ず真犯人を捕まえます。あの事件から目を背けたりしません。
たとえ、家族が戻ってこなくてもきちんと罪を法でさばいてもらいます」
「わかった。ひとまず、亮君のこの事件が最優先だ。
そのあと、西條君の事件について向き合おう。
まずは、金庫の中身だ! わかったらまたすぐ連絡する」
「はい!! お願いします!!」
狭山は、ノートを鞄にしまうと飛ぶように面会室から出て行った。
一之瀬 亮は、その背中を祈るような目で眺めていた。