第五話 面会
一之瀬と西條の面会の日を迎えた。
狭山が西條を迎えにいき、面会の手続きを終えて、面会の時間まで待つ。
「今日は来てくれて本当にありがとう」
狭山は隣に座って待っている西條に、声をかけた。
西條は、いつもの無表情で「いえ」と答えただけであとは沈黙だった。
面会時間の15分前に来てしまい、微妙に時間が余った。
狭山は、西條との間に流れる沈黙の時間に少しいたたまれなくなり、話題を探す。
「一之瀬一家の件なんだが、もし仮に真犯人が別にいるとした場合、一家が狙われるような原因があると思いますか?
西條家と一之瀬家は近所だし、もしなにか噂らしきものを知っていたら教えてほしいのですが」
西條は、しばらく考えて口を開いた。
「亮が言っていたことですが、一之瀬の家は町工場です。
最近資金繰りがうまくいってないとのことで、お金の面でかなり苦労していたようです。
借金もいくらかしていたようです。
借金取りの怖いおじさんたちが亮の家のドアをたたいて、どなりつけてたのを見かけたこともあります。
修学旅行代が払えず、行けないかもしれないと言ってたくらいですから。
よっぽどだと思います」
「借金か・・・」
金がらみのトラブルに一家が巻き込まれた可能性がある。
狭山は、一之瀬の父が借金をしていた相手が誰なのかを探る必要性を感じた。
そこから何かつかめるかもしれない。
「亮は、学費や生活費を新聞配達をして稼いでました。
母親もパートにでて一日中働いていて。家のことは12才の妹が全部していたようです。
家族で支えあって、細々と暮らしていたようです。」
「ん~~、なるほど・・・
貧しいながらも家族でがんばっていたんですね・・・。
一之瀬の父親は、どんな人でしたか?
ご存じの範囲で結構ですので、教えてください」
「気弱そうな人でした。
なんでも引き受けてしまって、自分で自分の首を絞めてしまうって亮がいつも怒ってました。
お人よしだったようです。
うちの父とも友人で、父はよく亮の父親が困っていたら間に入って仲裁をしていたようです。
うちの家は、自分でいうのもなんですが、地元の名士ってやつでしたから。
なんかあれば、父が色々と世話していたようです」
「一之瀬家とは、家族ぐるみでおつきあいをしていたんですね?」
「そうですね。僕ら兄弟と一之瀬の兄妹がちょうど同学年でしたから、母親同士も仲良かったですよ」
「まあ、話を聞いていると貧富の差はあっても、そういうものは度外視した仲の良さがあったんですね?」
「そうですね。あまり気にしたことはありませんでした。
亮の家のために、なるだけのことはしたいと西條家は思っていましたから」
狭山は、うんうんとうなずきながらちらりと時計を見ると約束の時間となっていた。
「私がいると二人とも気兼ねして話せないだろうから、私は外で待機しておくよ。
西條君と一之瀬の二人で、面会してほしい」
西條は、そっとうなずき、面会室へと入っていった。
白いよれよれのシャツを痩せた体に羽織った一之瀬が肩を落として座っている。
顔を上げて、西條の顔を見つけると、生気のなかった顔に少し輝きがもどった。
立ち上がり、仕切りまどに両手をつけて、「和臣!」と声をかけた。
西條は、少しだけ笑い、また無表情に戻った。
仕切り一枚隔てて、一之瀬の目の前に座る。
しばらく二人は、何を思っているのか黙ってお互いを見ていた。
「痩せたな・・・」
一之瀬が、ぽそりとつぶやくように言う。
「おまえもな」
西條が答える。
「傷の具合はもういいのか?」
「うん、もう完治したよ。体の傷のほうは」
「そか・・・」
西條が、あえて体の傷と言ったのが、痛ましかった。
心に負った傷が癒えることはない。
何年たっても。
何が起きても。
死ぬまで背負い続ける。
家族を突然奪われた者の傷とはそういうものなのである。
「和臣・・・聞いてほしい・・・。俺は、何もやってないんだ・・・。
何もしてないのに、大事な家族を殺した犯人にされてる・・・。
真犯人は他にいるんだよ!
俺じゃないんだよ!
なんで、俺が家族殺さなきゃいけねーんだ!
わけわかんねぇよ・・・」
一之瀬は、面会室の机につっぷして、机をドンッドンッと右手で殴りながら叫んだ。
西條は、それを無表情で眺めている。
「亮が、そんなことするはずないって思ってる。
きっと、何かに巻き込まれたんだ。
亮に家族を殺す理由なんてない。
だって、もうすぐ妹の誕生日が来るって喜んでたじゃない。
何をプレゼントするかでずっと相談受けてたんだよ。
新聞配達で一生懸命家計を支えていた亮が、家族を手にかけるわけないよ」
「妹は、まだ12才だったんだ。和臣のとこの弟と同じだよな。
女の子なのに、可愛い服一つ買ってやれずに、男の俺のおさがりばっかりで。
でも、文句ひとつ言わず、いつもニコニコ笑ってた。
俺たち家族は、貧しかったけど幸せだった。
家族みんなで寄り添って支えあって、生きてたんだ。
俺たち家族が何したってんだ。
ただ、必死に毎日生きてただけだろうが。
なんで、殺されなきゃいけなかったんだよ・・・!」
ボロボロと涙をこぼしながら、訴える一之瀬の姿を見て、西條の表情に少し変化があった。
眉をひそめ、同情のまなざしで一之瀬を見ている。
「俺ばっかごめんな。お前も苦しいのにな。
親父さんが、無理心中図ったってこの前聞いたよ。
一体何があったんだろうな・・・」
その言葉を耳して、西條の表情がまた変わる。
魂の宿っていなかった目に、光がともる。
しっかりとした口調でこう言い放った。
「あれは、心中じゃないよ」
「え・・・」
西條の口からでた予想もしない言葉に、一之瀬はひどく驚いた。
「お前、記憶もどったのか?」
「少しね」
西條が、しっかりとしたまなざしで一之瀬をみながら話す。
「燃え盛る炎の中に、一人の人間が立ってた。
意識がもうろうとしてたし、目も良く見えなくて顔はわからなかった。
俺は、床にはいつくばって、それを見ていたんだ。
そいつの目の前には、俺の親父が血だらけで倒れていて」
「それって・・・殺人じゃねぇーか!
誰かに相談したか?」
「いや、もう終わったことだし。
これ以上、かき回されるのはごめんだよ。
もう、あのときのことは忘れたいんだ。
思い出したくないんだよ。
俺は、決めたんだ。独りでも生きてくって。
残された人生をしっかり歩んでいくって」
「本当にそれでいいのか! 真犯人はのうのうと生きてるんだぞ!
家族殺されて、大きな傷背負わされて!
本当にお前は、それでも忘れたいっていうのか!」
一之瀬が声を荒げる。
「いいんだよ・・・。もうすべては終わってしまったことだから。
泣いても騒いでも、家族は戻ってこない。
死んでしまったら、生きかえりはしない。
たとえ、犯人が捕まったとしても」
西條が、無表情のまま人形のようにロボットのように感情も何もこもってない言葉を吐く。
そんな西條をみて、一之瀬はがっくりと肩を落とし、首を横に振り続けた。
「そんなことあるかよ・・・そんなことが許されてたまるかよ・・・」
うなだれている一之瀬はそれ以上何もいわなかった。
面会時間終了の声がかかる。
「亮、君は真犯人を追い求めるんだね? その先に何もなかったとしても。
僕は、前に進むよ。
過去から目を背けて生きる。僕はそれでいいんだ。
君の道は茨の道だ。がんばって・・・僕にできなかったことを・・・」
亮はそれだけいうと、面会室を後にした。
亮は、ともに戦ってくれると思っていた友人の諦めの中に生きる姿に絶望した。
心が折れそうになっていた。
明日が、来ない。
ずっとずっと塀の中で足踏みをしているような毎日だった。
真実から目を背けるのか・・・。
俺は、やってもいない罪を背負うのは嫌だ。
それが、前に進むということじゃない。
一之瀬は、どんなに足踏みをし続けてもやはり真実を追い求めることに決めた。
そうやって、俺は生きていく。
それでも生きていく。