第四話 対面
西條が学校から帰宅したとの連絡を受けて、すぐさま狭山は児童養護施設へ向かった。
ちょっとした客間のスペースに招かれ、そこに座って西條を待つ。
西條は、すぐやってきた。
色が青白く、堀の深い顔立ちで、やつれていているため、目だけが特に大きく目立っている。
落ちつきのある物静かな少年に思えた。
西條が、狭山の目の前の席へゆっくりと座る。
「こんにちは。西條 和臣と申します」
西條が、すっと頭を下げた。
狭山は自分の名刺を取り出し、西條に渡しながら自己紹介をした。
「君の友人の一之瀬 亮君の担当弁護をしている狭山 圭一といいます。
学校から帰ったばかりで、疲れているところ申し訳ない」
西條は、目をふせて、軽く首をふり「大丈夫ですよ」と答える。
「ご家族のことは、ご愁傷さまでした。
あの事件からまだ数か月しか経っていないので、こんな頼みをするのもどうかとは思ったのですが、貴方の友人の一之瀬君のことなんですが、彼があなたに会いたがっています。理由は、同じ境遇だからです。家族の中でたった一人この世に残された身の上が同じということで、あなたと話がしたいと言っております」
ここで、西條の反応をみるために、狭山はいったん話をくぎった。
西條は、無表情のまま目をふせ、うんうんとただ首を縦に振っていた。
「ご存じのとおり、一之瀬 亮は、一家殺人事件の容疑者として逮捕起訴されています。
ただ、本人は容疑を認めていません。真犯人は別にいるとかたくなに話しています。
こちらとしては、罪を認めて、先に進むことが彼にとってもいいことではないかと思っているのですが、何度となく説得していますが、かたくなに認めてもらえません。
彼自身、事件当時のことはよく覚えておらず、彼の主張する真犯人の手がかりも一切ありません。
何かしら思い出してくれれば、まだ先に進めるのですが・・・。
親友の貴方と会うことで、彼に何か変化が起きることを私は期待しています」
「なるほど・・・」と返事をしたあと、しばらく西條は黙り込み、考えていた。
「わかりました。面会します。
私は、彼が家族を殺したとは思えないのです。
確かに、怒るとかっとなって手が付けられなくなることはしばしばありました。
でも、だからといって、自分の家族を皆殺しにするほどひどくはなかったと思います。
私の家族が亡くなったときも、一緒に涙してくれました。
彼は、とても家族想いでした。
一度彼と話をしてみます。お役に立てることならなんでもしますので」
狭山は、西條のその言葉にほっとした。
少し、停滞したこの事態に進展が見込めるかもしれない。
狭山は、笑顔で礼を言い、面会の日取りを決め、児童養護施設をあとにした。
狭山は帰りの車の中で、西條の様子を思い返していた。
喜怒哀楽が完全に抜け落ちた顔。
力ない声。
やせ細った体。
大きな目には、なにも映っておらず、生ける屍のようだった。
家族を無理心中で一遍になくし、天涯孤独となった人間というのは、ああも空っぽの抜け殻のようになるのだろうか。狭山は、独身であったが、親兄弟は健在である。幸せなことにまだ家族を失うという経験はしていない。
一之瀬と西條と同じ心境にはなれなかったが、どれほどの心の痛みかは軽く想像できた。
彼らは、これからどうやって生きていくのだろうか。
あの二つの事件が起きたのは、真冬の時期だった。
あれから数か月が過ぎ、真夏の暑い日差しに照り付けられた車の中で、クーラーを効かせながら、狭山は深いため息をついた。17時だというのに、まだまだ日は照り続けている。
アスファルトの上の揺らぐ景色をじっと眺めながら、狭山は彼らの行く末を案じていたのだった。