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第三話 西條 と 狭山

 



 父親による一家心中からなんとか生き残った西條 和臣は、事件から一か月後に退院していた。

 住んでいた家に戻ってみたが、2階だての真っ白な壁だった我が家はまっ黒な炭だけの状態になっていた。

 リビングだった場所にたたずむ。

 崩れ落ちて、燃えて炭化した材木を押しのける。

 中から、一部は燃えているが、まだはっきりと映っているのがわかる家族写真が見つかった。


 リビングの一番いいところに、飾っていた和臣が高校入学を記念しての家族写真だ。

 額縁に入れて、飾っておいたのだ。


 右前にどっしりと構えて座る父。その隣によりそうように笑顔で座る母。

 両親の後ろで、笑って写る兄弟。


 弟の 忠臣ただおみは、まだ12才だった。和臣とは5歳違いの弟で、家族皆で大変可愛がっていた。

 写真の中の無邪気な笑顔がたまらない。まだ12才だったのに。

 その弟も殺されて、火の海の中、まっ黒な炭と化したのである。


 なぜ、こんなことになったのか。

 もう何度流したかわからない涙がまたあふれてくる。


 和臣は、現場に残っている家族の名残を必死で集めた。

 父の書斎にあった小ぶりな銅像。大のお気に入りで、しょっちゅう眺めていた。

 母が大事にしていた父からもらったパールのネックレス、大事な行事の際はいつも身に着けていた。

 弟の12才の誕生日の日に、和臣が買ってやったハーモニカ。

 いつもよく弾いて聞かせてくれた。

 そして、父が和臣にプレゼントしてくれた万年筆。

 大人になって、それを身に着けるにふさわしい男になったとき、使おうと大事に保管しておいたのだ。


 必死で段ボールに集めていったが、ほとんどが燃え尽きており、段ボールの底を埋めるだけのものすらなかった。

 段ボールを動かすたびに、かたかたと乾いた音が響く。


 自分だけ、なぜ生き残ってしまったのか。

 あのとき、一緒にみんなとあの世に行けていたら。

 こんな身を切るような想いをせずにすんだのに。


 和臣は、家族の思い出の入った段ボールを横に、庭に座り込み、何時間も黒焦げになった家を眺めつづけた。


 もう何もかも失われた。

 あのときは、戻ってこない。

 もう二度と自分の家族は戻ってこない。 

 あの笑顔をもう二度と見ることができない。


 未来が、もうない。


 何時間も在りし日の家族に想いをはせていた和臣の心に変化が生まれ始めた。


 みんなには、未来はないけれど、残された自分には未来がある。

 みんなが生きたかった今日がある。


 自分が、一人だけこの世に生き残ったのには、きっと意味があるはずだと。

 やりとげなかればいけないことがあるはずだと。

 和臣は、自分に言い聞かせた。

 一つの大きな決心をした。



「それでも生きていく」




 ◇◇



 一家全員殺人事件の犯人 一之瀬 亮の弁護を引き受けることとなった狭山さやま 圭一けいいちは、一之瀬のかたくなな態度に頭を悩ませていた。


 弁護士になって十数年。大手の弁護士事務所に入ったものの上司とそりが合わず辞めて飛び出した。

 個人事務所を立ち上げたものの人脈もなく、まともな仕事は入らず、実績もなかなか詰めずにここまできてしまった。最近は、弁護士も増え、食い扶持に困る事態になってきている。国選弁護の仕事にも弁護士が群がるような事態になっている。たまたま、今回、一之瀬の弁護を引き受けることとなったが、さらっと終わらせる予定でいた。


 しかし、狭山の思惑とは真逆で、一之瀬は容疑を否認し続けた。

 あの少年のまっすぐなまなざしを見ていると、こちらが揺らぎそうになる。


 ただ、いくら犯人ではないといっても、全ての物証が一之瀬の犯行を裏付けているとなっては、覆しようがない。

 もし、覆るとしたら決定的な証拠をもって、真犯人が自首するしかないだろう。


 白髪まじりの天然パーマの頭の後ろで両手を組み、事務所の椅子の背もたれに思いっきりもたれかかる。

 痩せ気味ではあるが、背の高い狭山の体を支えるには、少し椅子は小さく、背もたれはキーキーと音を立てていた。


 狭山も弁護士の端くれとして、真実を追求したい想いはあった。

 もしこれが、冤罪だったら・・・。


 あのゆるぎないまなざしが、狭山の心を揺り動かす。

 どうするか・・・。


 先日の面会で、同じく家族を失った親友の西條との面会を一之瀬は希望していた。

 西條 和臣は、一時的に児童養護施設に保護されることとなり、そこで生活し、通学していることがわかった。

 児童養護施設に、連絡を入れ、西條が学校から帰宅したら、連絡をもらうようにしている。


 この西條との面会で、一之瀬に何か心の変化が起きればいいが・・・。

 何か手がかりを思い出せばいいんだが・・・。


 狭山は、ぼーっと古ぼけた事務所の天上を眺めた。

 この事件は、何かやっぱり裏がある。

 見ないようにしてきた自分の直観に、向き合うときがきたのかもしれないと狭山は感じていた。



 電話のベルがなる。

 何が真実かはわからないが、選択を間違えたくはない。

 一つ一つ起きる出来事に真摯に向き合い、何一つとしてとりこぼしてはならない。


 狭山は、ゆっくりと受話器を上げた。




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